フル・差分・増分バックアップの復旧時間
経営情報システム 第30回
「毎日、自分の部屋にある全ての持ち物をダンボールに詰めて、トラックに乗せて別の場所に運び出す作業を想像してみて欲しい」。動画はこんな問いかけから始まります。このページでは動画の流れにそって、フル・差分・増分の3つのバックアップ手法と、日々の処理時間・復旧時間のトレードオフ、増分の連鎖のリスクをまとめました。まず動画を聞いて、あとからここで復習するのがおすすめです。
毎日、部屋ごと引っ越す? バックアップの前提
「毎日、自分の部屋にある持ち物を全部段ボールに詰め、トラックで別の場所へ運び出す。月曜も火曜も水曜も、永遠に」。動画はこんな想像から始まります。ベッドや机から引き出しのペン1本まで、文字どおり全部です。パソコンや仕事のデータを守る手法を知らないと、システムに同じ重労働を毎晩やらせることになるかもしれない、というのが入口です。
動画が扱うのは、万一の事態に備える障害対策のうち、データのコピーを取っておくバックアップの手法です。取り上げるのは次の3つです。
- フルバックアップ:バックアップのたびに、全てのデータを取る。
- 差分バックアップ:直前に行ったフルバックアップとの差分を取る。
- 増分バックアップ:前回からの増加分だけを取る。
動画は、この3つを単語の意味の丸暗記で済ませてはいけないと言います。仕組みの違いが、日々のバックアップにかかる処理時間と、いざというときにデータを元に戻す復旧時間にどう影響するか。この2つをセットで整理するのが、動画のミッションです。
(補足:3方式の名前は情報処理技術者試験のシラバスにも出てきます。IPAの応用情報技術者試験シラバス Ver7.2 では、データベースの「障害回復」の用語例に「フルバックアップ,差分バックアップ,増分バックアップ」が並び、基本情報技術者試験シラバス Ver9.2 の用語例にも同じ3つがあります。どちらも、IPAの試験要綱・シラバスのページ(2026年10月25日確認)に現行の版として掲載されています(2026年1月8日掲載)。ただしIPAは、現行の試験制度を2026年度の試験実施で終了し、2027年度から新しい試験制度に移行する予定と案内していますので、新制度のシラバスはこれらとは別の版になります。診断士試験の出題範囲そのものではありませんが、情報システムの共通の基礎語彙です。)
フルバックアップ:毎回、全部を運ぶ
最初は一番基本のフルバックアップです。動画が読み上げる定義は「バックアップの度に全てのデータをバックアップする方法」で、冒頭の「毎日、部屋を丸ごと引っ越す」やり方そのものです。日曜も月曜も火曜も、変更があったかどうかに関係なく、毎回全部をコピーします。新しく増えたのがペン1本でも、ベッドや机ごと運び出します。その代わり、手元にいつも最新の完全な状態があるので、安心感は他の手法より圧倒的に高い、と動画は言います。
問題は日々の処理時間です。処理時間は対象のデータ量に比例して長くなります。水曜の夕方にデータが膨らんでいれば、全部のコピーに何時間もかかり、一晩走らせても翌朝の始業時間までに終わらないおそれがあります。本来の作業に支障が出るので、毎日やるとシステムも人間も身がもたない、という整理です。
(補足:NISTの「Contingency Planning Guide for Federal Information Systems」(SP 800-34 Rev.1)も、フルバックアップを「選んだディスクやフォルダの全ファイルを記録する」ものとしています。1組の媒体に全部入るので探しやすい反面、実行時間は長くなりうる、という書き方です。)
差分バックアップ:基準はいつも「最後のフル」
そこで日々の負担を減らす発想から生まれたのが差分バックアップです。動画の定義は「直前に行ったフルバックアップとの差分をバックアップする方法」。まず基準の日曜に、フルバックアップを1回だけ取ります。月曜は、日曜と比べて月曜に増えた本だけを新しい段ボールに詰めます。
ポイントは火曜です。基準は「直前のフル」なので、火曜も日曜のままです。火曜の箱には月曜の本と火曜のシャツの両方、水曜の箱には月曜の本、火曜のシャツ、水曜のマグカップをまとめて入れます。
箱は週の後半ほど大きくなりますが、毎回家具ごと運ぶフルに比べれば圧倒的に楽です。ベッドや机のように変わらない大物は日曜に運んであるので、無視できます。運ぶ量が劇的に減るので処理時間はかなり短縮される。これが差分の最大のメリットで、フルの「重すぎる」という弱点を克服している、と動画は説明します。
(以下の会話は、動画のやりとりをもとにページ用に組み直したものです。)
でも木曜や金曜になると、月曜の本や火曜のシャツは昨日も詰めたのに、また同じものを詰めている気分になりませんか。
そうなんです。変化の累積を毎回記録するので、週の後半ほど無駄に感じます。この無駄をなくしたいという自然な発想から、3つ目の手法が出てきます。
(補足:NISTは差分を「最後のフルバックアップ以降に作成・変更されたファイルを保存する」ものと説明しています。フルより短時間で終わる一方、次のフルまで日ごとにデータ量が増えるため、増分よりバックアップに時間がかかる、とも書かれています。動画の説明と合っています。)
増分バックアップ:昨日からの変化だけ
3つ目が増分バックアップです。差分との違いは、基準にするポイントです。日曜にフルの土台を作るのも、月曜に増えた本だけを詰めるのも同じ。ところが火曜の基準は日曜ではなく月曜の状態になるので、火曜に詰めるのは火曜に買ったシャツだけの小さな箱で済みます。水曜は水曜のマグカップだけ、木曜は木曜の分だけです。
動画は、常に直前のバックアップと比べて、新しく生まれたデータや変更されたデータだけをピンポイントで取る方式だと言い、「過去に1度でもバックアップしたものは2度と処理しない」と表現します。毎日小さな段ボール1箱で済むので、身軽で速い、という説明です。
(補足・動画の単純化への訂正:動画は定義を「直前の増分バックアップからの増加分」と読み上げます。NIST SP 800-34 Rev.1 は「最後のバックアップ以降に作成・変更されたファイル(バックアップの種類は問わない)」と書いており、月曜の増分の基準は日曜のフルです。「2度と処理しない」も、同じファイルがその後また変更されれば、変更のたびに保存されます。動画の「新しく生まれた、または変更されたデータだけ」のほうが正確です。)
3方式の違いを表にまとめます(動画の説明とNISTの記述にもとづく整理です)。
| 方式 | 毎回の保存対象 | 基準にする時点 |
|---|---|---|
| フル | 全てのデータ | なし(毎回全部) |
| 差分 | 基準からの変化の累計 | 最後のフル |
| 増分 | 前回からの変化だけ | 直前のバックアップ |
日々の処理時間は、フル→差分→増分の順に短くなる
動画は、日々のバックアップ処理時間を整理します。毎日全部を運ぶフルが一番長く、日曜からの累計を毎回まとめて運ぶ差分が次、前日からの変化だけを運ぶ増分が一番短い。つまり、フル、差分、増分の順に短くなる、というのが動画の整理です。
すると、日々の運用では増分が圧倒的に優秀に見えます。動画はここで「多くの人がそこで罠にはまる」と切り返します。
復旧時間では景色がひっくり返る
金曜の夜にシステム障害が起き、データがすべて吹き飛んだとします。たとえるなら、火事で部屋が空っぽになった状態です。動画は3方式で復旧をシミュレーションします。
フル:1回で戻る
木曜の夜に取った最新の全データが入ったトラックが1台あるので、それを1回で戻すだけです。復旧時間は最も短くなります。日々の処理は重かったのに、いざというときは一番頼りになる、と動画は言います。
差分:2ステップ
手元にあるのは、土台の日曜のフルと、月曜から木曜までの変化が1つに詰まった木曜の差分です。日曜のフルで基礎を作り、木曜の差分で月曜〜木曜の変化を一気に戻します。2ステップなので、フルの次に復旧時間がかかります。
増分:全部を順番に
手元にあるのは、日曜のフルと、月・火・水・木それぞれ1日分の変化だけの小さな箱です。日曜のフルで土台を作り、月曜の箱、火曜の箱、水曜の箱…と、時系列に沿って全部を順番に積み重ねないと、最新の状態には戻りません。1箱ごとに手間がかかるので、復旧時間は一番長くなります。
増分が一番身軽だから、復旧も一番早いと思っていました。
そこが罠です。毎日の負担を減らすほど、いざというときの復旧は重く複雑になります。日々の処理時間と復旧時間は、きれいにトレードオフの関係なんです。
増分の怖さ:連鎖が1か所切れると
動画はもう一つの危険を指摘します。途中の水曜の箱をなくしたり、壊れたりしていたらどうなるか。たとえば火曜の箱に新しい本棚が入っていて、水曜の箱にその本棚に並べる本が入っていたとします。火曜の箱が欠損していれば、水曜の箱を開けても本棚自体がなく、データが迷子になります。前日の状態を前提に翌日のデータが作られているため、途中のデータが1つでも欠けると、それ以降は辻褄が合わなくなります。だから、順番どおりに1つ残らずつなぎ合わせる必要があるのです。
(補足:差分は各日の箱が「最後のフル以降の累計」なので、復旧に使うのは日曜のフルと最新の差分1つです。NISTも「必要なのはフルの媒体と最後の差分の媒体だけ」と書いています。増分は、フルの媒体と各日の増分の媒体が必要です。ここで注意したいのは、NISTが比べているのは復旧に必要な媒体の数で、復旧時間の順位そのものではない点です。取得した範囲では、復旧時間の順位を明記した一次資料は確認できませんでした。時間は媒体の数、手順の数、データ量などで変わるので、動画の「フル<差分<増分」は、同じ条件で並べた整理と受け止めるのが安全です。)
補足:数字で確かめる(自作の設例)
(補足:ここは動画にない、ページ用の自作の設例です。Pythonで検算しました。)日曜のフルは200GB、月〜木に毎日10GBずつデータが増え、同じファイルは再変更されないとします。処理速度は1時間あたり100GB、復旧は1セットを戻すごとに段取りで15分かかる、という仮定です。
| 方式 | 木曜夜の処理量 | 月〜木の合計 |
|---|---|---|
| フル | 240GB(2.4時間) | 900GB |
| 差分 | 40GB(0.4時間) | 100GB |
| 増分 | 10GB(0.1時間) | 40GB |
日々の処理量は、増分の合計40GBに対してフルは900GBで、22.5倍です。では金曜の復旧はどうでしょうか。
| 方式 | 戻すセット | 復旧の所要 |
|---|---|---|
| フル | 木曜のフル(1つ) | 約2.65時間 |
| 差分 | 日曜のフル+木曜の差分(2つ) | 約2.9時間 |
| 増分 | 日曜のフル+4日分の増分(5つ) | 約3.65時間 |
戻すデータの総量は、3方式とも240GBで同じです。この設例で差がつくのは、手順(セット)の数だけです。実際の復旧時間は、媒体の読み込み速度や、運用の仕方、ソフトの機能でも変わります。数字はあくまで仕組みを確かめるための仮定です。
迷ったときの確かめ方と、自分への問い
動画が示す、迷ったときの確かめ方
動画は、「増分は処理が短くて復旧が長い」と文字づらだけを丸暗記すると、本番でどちらがどちらだったか分からなくなると言います。荷作りと復旧の手間という仕組みで理解していれば忘れない、という立場です。問題で迷ったら、金曜に障害が起きた場面のシミュレーションを頭の中で一度回せば、答えを導けると動画は言います。
動画の最後には、聞いているあなたへの問いがあります。自分の仕事のファイルや大切な写真で障害対策をするなら、日々のバックアップ処理時間が短くて済む身軽さを取るか、データが消えたときの復旧の速さと確実さを取るか。自分の日常に当てはめて、どちらのメリットを取り、どちらのリスクを引き受けるかを考える思考実験をしてみてください、と呼びかけています。
(補足:IPAの「中小企業の情報セキュリティ対策ガイドライン」の付録には、「バックアップを取ろう!」という項目があります。故障や誤操作、ウイルス感染などでデータが消えたり暗号化されたりすることがあるため、事業が継続できるようバックアップを取得しておく、という内容です。警察庁のランサムウェア対策の案内では、バックアップデータまで暗号化される事例が多数確認されているとして、こまめな取得と、ネットワークから切り離したオフライン保存などが勧められています。方式の選び方に加えて、「戻せる状態で残っているか」も大切です。)
まとめ
まとめ
- 日々の処理時間は、動画の整理ではフル、差分、増分の順に短くなる。
- 復旧時間は、動画の整理では逆に、フル、差分、増分の順に長くなる。
- 差分は「最後のフルとの差」、増分は「直前のバックアップとの差」(NISTの記述)。
- 復旧の手順は、フルが最新の1つ、差分がフル+最新の差分、増分がフル+全ての増分を順番に。
毎日の負担を減らせば減らすほど、いざというときの復旧は重く複雑になります。動画はこれを「見事なトレードオフ」と呼び、セットで記憶に定着させるよう勧めています。部屋の荷作りのたとえを頭の中で回せば、どちらがどちらだったかで迷うことはありません。
動画で聞く
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