事業承継の円滑化
事例Ⅰ 第1回
「与件文に事業承継が出てきたときに、とりあえず後継者を育成すると書いて、そこで手が止まる。心当たりありませんか」。動画はこんな問いかけから始まります。このページでは動画の流れにそって、育成と円滑化の使い分け、二次での問われ方、与件文のサイン、円滑化を並べる五つの観点、解答の型、混同しやすい誤りをまとめました。まず動画を聞いて、あとからここで復習するのがおすすめです。
「後継者を育成する」の一行で止まらない
動画は、こんな問いかけから始まります。与件文に事業承継が出てきたときに、とりあえず後継者を育成すると書いて、そこで手が止まる。心当たりはありませんか。聞き手は「あります。知識としては知っているのに、毎回その一行で終わってしまうんです」と答えます。
講師の指摘はこうです。誰を後継者にしてどう育てるかという話と、決まっている後継者へどう引き継ぐかという話は、別の論点として使い分けます。聞き手は「ずっと同じ引き出しに入れていました」と驚きます。今日扱うのは後者、後継者はすでに決まっている前提で、そこから先をどう円滑に進めるかという使い方です。
決まったら、あとは社長の座を渡すだけではないんですか。
渡すものが一つではないんですよ。経営権に加えて、株式、そして経営者個人が背負っている保証や担保まで付いてきます。
保証ですか。読んだ記憶はあるのに、私はそこを飛ばしていました。
多くの人がそこで差をつけられます。
つまり「後継者を育成する」の一行は、決まる前の話には使えても、決まった後の話には足りません。このページでは、二次での問われ方、与件文のサイン、円滑化を並べる五つの観点、解答への落とし込み、混同しやすい誤りの順に、動画の流れにそってまとめます。
二次での問われ方は四つ
まず、この論点が二次でどう問われるかです。講師が挙げた典型は四つです。
- 引き継ぎの実務面:後継者が決まった後で、経営権・株式・個人保証を実際にどう引き継ぐか、という対応策を問うもの。
- 関係者の理解:社長交代にあたって、従業員や役員、取引先からの理解をどう得るかを問うもの。
- 権限委譲の手順とスピード:権限委譲をどんな手順とスピードで進めるべきかを問うもの。
- 経営者個人の債務:個人保証や担保のように、経営者個人が背負う債務をどう処理するかを問うもの。
人の気持ちの話まで問われるんですか。
組織・人事の事例ですから、そこはむしろ本丸です。
時間の話が入ってくるんですね。
入ります。
聞き手が「並べてもらうと、たしかに全部、決まった後の話です」とまとめると、講師は「そこが判別の軸になります」と受けます。後継者がまだ見えていない事例なら育成の論点、決まっているなら円滑化の論点、という切り替えです。
与件文のサイン:反応すべき記述は五種類
では、与件文のどこを見ればそのスイッチを入れられるのか。講師は、反応すべき記述を五種類に分けます。聞き手は「五種類、メモします」と身構えます。
一つ目は後継者の存在を示す記述です。後継者が決まった、息子や娘が入社した、番頭格の従業員に承継予定、といった一文です。聞き手が「それが出た時点で、円滑化の側だと判断していいんですか」と確かめると、講師は「判断の起点になります」と答えます。
二つ目は、承継への反応が気になる関係者です。古参の役員や従業員、創業以来の取引先、という書かれ方をします。三つ目は、経営者個人の債務や担保。個人保証、金融機関からの借入、経営者個人の資産を担保に、といった表現です。聞き手は「さっき私が飛ばしたところです」と苦笑いします。
四つ目は、株式や財産の分配です。株式が分散している、相続人が複数いる、といった一文が該当します。聞き手は「家族構成の説明にしか見えないところですね」と言いますが、そこにも反応するのがこの論点です。五つ目は、権限委譲の進み方。現経営者が段階的に権限を譲っている、後継者に一部の事業を任せている、といった記述です。
何も書かれていなければ、そこが空白の課題ということですか。
そういうことです。では拾った記述の整理へ。円滑化は五つの観点で並べると、抜けが見えます。
円滑化は五つの観点で並べる
観点は五つです。ここを並べておくと、答案の材料に抜けが出ません。
一つ目は、社内外からの理解です。従業員・役員・取引先といった社内外の関係者が、交代をどう受け止めるか。二つ目は、段階的な権限委譲。そして三つ目が、後継者のバックアップ体制です。
バックアップ体制とは、誰が支えるのか。講師は、前の経営者が会長として残る、あるいは社外の相談役を置く形を挙げます。ポイントは、求められたときにだけ助言する立場にしておくことです。
ずっと見ていてあげた方が親切な気もしますけど。
逆なんです。前の社長が積極的に口を出すと、従業員がどちらを見て動けばいいのか分からなくなり、社内が混乱します。
部活で前のキャプテンが横から指示を出し続けたら、新しいキャプテンの言うことを誰も聞かなくなりますね。
その感覚です。しかも交代の発表も、いきなり全体に告げるより、事前に主要なメンバーへ伝えておくかどうかで受け入れられ方が変わる。会社でも同じです。
順番と、事前の一手なんですね。
そうです。
キャプテンのたとえは聞き手が出したものですが、講師が「その感覚です」と受けています。助言は求められたときだけ、発表は事前に主要な人から。この二つが、バックアップ体制と一つ目の理解をつなぐ具体策です。
四つ目は、株式・財産の分配です。講師が挙げる柱は、後継者への集中と、後継者以外の相続人への配慮の両方です。聞き手は「集中と配慮って、方向が反対に見えます」と戸惑いますが、講師は「両方書けるとバランスが取れます」と答えます。
集中の目安は、株主総会の特別決議を通せる議決権を後継者に持たせること。三分の二以上です。発行済株式が百株なら、後継者が六十七株以上を持つ状態で、過半数の五十一株では足りないというのが勘所だと講師は言います。
(補足:動画にない計算です。100株の三分の二は約66.7株で、株式は1株単位なので、三分の二以上を満たすのは67株以上です。66株では届きません。)
その上で、承継直後のチェック機能として、現経営者に拒否権付種類株式(いわゆる黄金株)を持たせる方法もあります。聞き手は「渡しきらずに、一つだけ手元に残すわけですか」と言い、講師は「そういう発想です」と応じます。
一方、後継者以外の相続人には遺留分による制限があります。そこで、議決権制限株式の発行などでバランスを取ることも検討します。
財産としては渡すけれど、決定権は集めておく、という整理ですね。
よくつかめています。
五つ目は、個人保証・担保の処理です。講師が示す第一手は、承継に先立って、経営者個人が金融機関に行っている債務保証や担保提供を、できるだけ圧縮しておくことです。圧縮しきれなければ、金融機関と交渉して、後継者の負担を軽くする方向に持っていきます。あわせて、負担に見合った報酬を確保する配慮も必要です。
責任だけ重くなって待遇はそのまま、では引き受ける側もつらいですね。
その視点が書けると厚みが出ます。
五つ並べたら、周知の進み具合を見る
五つ並べたら、もう一つ確認することがあります。現経営者がどこまで説明できているかです。従業員や取引先への周知が進んでいるか、社長交代を突然やろうとしていないか。
突然やろうとしていると読めたら、どうなりますか。
事前の周知と段階的な権限委譲が足りていない、という課題がはっきりします。そこが助言の出発点です。
聞き手は「五つで並べて、周知の進み具合を見る。手順が見えてきました」とまとめ、講師はそのまま解答への落とし込みに入ります。
解答への落とし込み:基本の型
基本の型はとてもシンプルです。講師が示す骨格は、「打ち手を行うことで、後継者に対する社内外の理解と信頼を確保し、経営の安定的な継続を図る」。この骨格に、課題に応じた打ち手を差し込みます。
差し込み方は課題によって変わります。講師は三つの例を挙げています。
- 社内外の理解が課題のとき:交代前に社長自ら取引先へ挨拶回りを行い、従業員にも事前に経緯を説明する。誰がやるかまで書きます。
- 権限委譲が課題のとき:後継者の能力の向上に合わせて、まず特定の事業や分野の権限を委譲し、段階的に経営全般へ広げる。時間軸のある書き方です。
- 株式や財産の分配が課題のとき:後継者への集中と、他の相続人への配慮を両方入れる。遺留分に注意する、議決権制限株式を活用する、と添えるとバランスが取れます。
字数の配分について、講師は、現状の課題を一文で押さえ、打ち手を二つ並べ、最後に効果で締める形を勧めます。三つも四つも詰め込むより、二つを具体的に書く方が読ませる答案になる、という考え方です。効果は、先ほどの理解の確保や安定的な継続につなげます。
効果は、さっきの理解の確保や安定的な継続ですね。
そこにつなげます。
背景の知識:株式を集めると税の壁がある
ここで講師が「株式集中の裏づけになる知識」を補足します。株式を後継者に集めると、相続税や贈与税の負担が重くなります。それを軽くする仕組みが、非上場株式等に係る納税猶予制度です。聞き手が「集めればいい、という話ではないんですね」と言うと、講師は「現実には壁があります」と続けます。
事業用資産などをまとめて贈与する場面では、相続時精算課税制度という選択肢もあります。通常の贈与との違いは控除の大きさです。
| 制度 | 控除 | 向く場面 |
|---|---|---|
| 暦年贈与 | 毎年百十万円 | 少しずつ渡す |
| 相続時 | 二千五百万円まで | 一括の承継 |
百十万円ずつだと、同じ額を渡すのに二十年以上かかってしまいます。
だから一括の承継に向くんです。答案で制度名を並べる必要はありませんが、税負担という壁とそれを和らげる仕組みを知っていれば、集中を提案する根拠に厚みが出ます。
背景として持っておく知識、ということですね。
その位置づけで十分です。
(補足:「二十年以上」は聞き手の言葉です。計算すると2,500万円÷110万円で約22.7年、つまり23年かかる計算です。)
混同しやすい四つ:ここが一番点を落とす
講師は「ここが一番点を落とします」と前置きして、混同しやすい点を四つ挙げます。
| 誤り(起きること) | 切り替え方 |
|---|---|
| 育成との取り違え(決まった後なのに、誰を後継者にするかから書く) | 候補が不明なら育成、決まっていれば円滑化 |
| 権限を一気に全部(後継者の経験が追いつかない) | 経験の積み上がりに応じる時間軸を持たせる |
| 他の相続人を無視(後継者に集中させる、とだけ書く) | 遺留分や議決権 |
| 第三者承継との混同(打ち手が変わり、答案が的を外す) | どちらを想定した与件文かを先に確認 |
一つ目は、円滑化と後継者の選定・育成の混同です。聞き手は「私がやっていたやつです」と認めます。見分け方は冒頭と同じで、後継者候補が与件文でまだ明確でなければ育成、決まっているなら円滑化です。
二つ目は、権限委譲を一気に全部譲る提案にしてしまうことです。聞き手は「早く渡した方が思い切りがあっていい気がしていました」と言いますが、講師は、それでは後継者の経験の蓄積が追いつかないと指摘します。能力や経験の積み上がり具合に応じて進める、という時間軸を必ず持たせます。「段階的に」という言葉が効いてくる、と講師は言います。
三つ目は、後継者以外の相続人の存在を無視した提案です。後継者に全部集中させます、とだけ書くパターンを聞き手が挙げると、講師は「そうです」と受けます。相続人が複数いると示唆されているなら、遺留分や議決権制限株式への目配りまで含めて書く。そこが読めているかを問われています。
四つ目は、買収や事業譲渡による第三者への承継と、親族内や従業員への承継の混同です。
これは打ち手がまったく変わってしまいますね。
変わります。第三者への承継なら相手探しや条件交渉が中心ですが、親族内や従業員への承継なら今日の五つの観点が中心です。どちらを想定した与件文かを先に確認してください。
似ているようで、使う道具が別物なんですね。
取り違えると答案が丸ごと的を外します。
本番でのチェックポイント
試験ではここに注目
- 後継者が決まっているかを確認し、育成か円滑化かを切り替える
- 社内外の理解・段階的な権限委譲・バックアップ体制・株式と財産の分配・個人保証と担保の処理の五つで課題を並べる
- 現経営者の周知が進んでいるか、社長交代が突然になっていないかを見る
- 打ち手は二つを具体的に書き、理解の確保と経営の安定的な継続という効果で締める
- 時間軸と、他の相続人への目配りを忘れない
聞き手は「古参の従業員や個人保証が出てきたら、もう反応できそうです」と話し、講師は「その反応の速さが得点差になります」と返します。
まとめ
動画の整理
- 育成と円滑化は別の論点。後継者が決まっていれば、渡すのは経営権・株式・個人の保証や担保の三つ
- 問われ方は四つ:引き継ぎの実務面、関係者の理解、権限委譲の手順とスピード、経営者個人の債務
- 与件文のサインは五種類:後継者の存在、反応が気になる関係者、個人の債務・担保、株式・財産の分配、権限委譲の進み方
- 円滑化の五つの観点:社内外の理解、段階的な権限委譲、バックアップ体制、株式・財産の分配、個人保証・担保の処理
- 答案は課題を一文、打ち手を二つ、効果で締める。混同しやすいのは、育成との取り違え、一気の権限委譲、他の相続人の無視、第三者承継との混同
動画の最後に、聞き手は「後継者を育成する、の一行で止まらずに書けそうです」と話しています。次に事業承継の与件文を読むとき、今日の五つを物差しとして使ってみてください。決まった後に渡すものを並べられれば、一行で止まっていた手が動き出します。

