景気循環とフィリップス曲線
経済学・経済政策 第7回
「明日、上司が来月から給料を5%アップすると告げたとします。でも、その昇給が単なる数学的な錯覚で、実はあなたの生活が以前より貧しくなっているとしたらどうでしょう」。動画はこんな問いかけから始まります。このページでは動画の流れにそって、景気循環の4つの波と、フィリップス曲線、自然失業率、貨幣錯覚、自然失業率仮説をまとめました。まず動画を聞いて、あとからここで復習するのがおすすめです。
給料が5%上がったのに、豊かになれない?
「来月から給料が5%アップする」と言われたら、うれしいですよね。ところが動画は、その昇給が数学的な錯覚かもしれない、という問いかけから始まります。給料の額面が上がっても、スーパーの卵や牛乳も同じ5%値上がりしていたら、買えるものは増えていません。これがこの回の中心にある貨幣錯覚の話です。
この回は2本立てです。前半は、経済が大きな波を描いて動く景気循環。後半は、物価と失業の関係を表すフィリップス曲線と、それが長期では垂直になるという自然失業率仮説です。
景気循環は「山」と「谷」のくり返し
景気循環とは、一国全体の経済の大きさを表す国民所得が、周期的に上がったり下がったりすることです。ずっと一直線に成長するわけではなく、調子のよい時期と悪い時期が必ずやってきます。動画は海の波にたとえていました。
谷から山に向かう、経済に活気のある局面を拡張期、山から谷へ落ちていく局面を後退期と呼びます。谷から次の谷までが1周期です。(補足:日本の景気の山と谷は、内閣府が景気動向指数をもとに「景気基準日付」として決めています。)
原因と長さがちがう「4つの波」
ここで動画が強調するのが、波は1つではない、という点です。波を起こす原因によって周期がまったく違い、試験でも「原因と長さのセット」で問われます。
動画の説明を順に見ていきましょう。
- キチンの波(約40か月・在庫投資):動画は、売れ行きが落ちても小売店が発注を減らし、工場が生産を止めるまでに時間がかかるので、倉庫に在庫が積み上がる、と説明しています。在庫が売れて空になり、また生産を増やすまでで一巡、約40か月(3年あまり)です。
- ジュグラーの波(約10年・設備投資):大きな機械や基幹システムは、一度導入したら壊れるか時代遅れになるまで使います。減価償却の期間も含め、約10年ごとに設備を一斉に更新する投資ブームと、冷え込む時期が来る、という説明です。
- クズネッツの波(約20年・建設活動):ビルや住宅街は、土地の買収から設計、工事、引き渡しまで時間がかかります。動画では、団塊の世代のような人口動態のうねりとも連動し、マンションが大量に供給されると、次の世代が家を求めるまで需要が生まれにくい、と説明しています。
- コンドラチェフの波(約50年・技術革新):ここでのイノベーションは新商品ではなく、蒸気機関や電力のように社会のインフラを根底から変える技術のことだ、と動画は説明します。技術が生まれてから社会に浸透し、成熟するまでに約50年かかるという見方です。
50年って、人の一生の半分以上ですよね。そんな長い波を本当に経済の波と呼べるんですか?
その疑問はもっともです。ただ、新しい発明が社会全体にゆきわたるまでの時間を測ると考えれば、長くなるのは自然です。発明された瞬間の波ではなく、社会が染まりきるまでの壮大なプロセスなんですね。
(補足:クズネッツの波は、建物の建て替え需要による周期から「建築循環」とも呼ばれます。コンドラチェフの波は「長期波動」とも呼ばれます。周期は「約」の目安で、資料や推計によって幅があります。表記はキチン、クズネッツです。)
試験の注目点:波は「原因」とセットで
- キチン=在庫投資・約40か月(短期波動)
- ジュグラー=設備投資・約10年(中期波動)
- クズネッツ=建設(建築)・約20年
- コンドラチェフ=技術革新・約50年(長期波動)
フィリップス曲線:賃金と失業は逆に動く
ここから視点を、私たちの給料や就職に近いところへ寄せます。フィリップス曲線は、もともと名目賃金の上昇率と失業率の間に負の相関があることを示す曲線です。動画は「100年間もの統計データから作られた」と説明しています。(補足:原典は、経済学者A.W.フィリップスが1958年に発表した論文で、英国の1861〜1957年のデータを使い、失業率が低いほど名目賃金の上昇率が高いことを示しました。)
名目賃金とは、物価を考えない額面そのままの給料のことです。景気がよくて人手不足になれば、企業は人を引き止めたり引き抜いたりするために高い給料を出します。逆に不景気で失業者があふれていれば、給料を上げなくても働きたい人はいくらでもいるので、賃金は上がりません。
物価版への置き換え
名目賃金が上がると、企業にとって人件費というコストが上がります。企業はそれを商品の値段に上乗せして回収するので、名目賃金の上昇率と物価の上昇率には正の相関があります。だから縦軸を「名目賃金の上昇率」から「物価の上昇率」に置き換えられます。
ラーメン屋さんの時給が上がったら、ラーメン一杯の値段も上がる、みたいなことですね。
そのとおりです。こうして縦軸に物価上昇率、横軸に失業率をとった右下がりの曲線が、物価版フィリップス曲線です。
(補足:物価版の形で使うようになったのは、サムエルソンとソローが1960年に発表した論文からだとされています。)
この曲線が、物価上昇率0の線と交わる点の失業率を自然失業率(記号はUN)と呼びます。動画の言い方では、物価が上がらない安定した状態の失業率です。
なぜ失業率が0%にならない?
経済がベストなら失業率は0%のはず、と思いがちですが、動画は自然失業率の状態こそが完全雇用だと説明し、その理由を、摩擦的失業で説明しています。求人が1,000件、職を探す人が1,000人でぴったり合っていても、履歴書を書き、面接を受け、引っ越すなど、人と会社がマッチングするまでの期間は必ずかかります。前向きな転職活動の期間も失業にカウントされるので、経済が健全でも数%の失業者は常にいる、というわけです。
(補足:動画は摩擦的失業だけを挙げていましたが、自然失業率は、摩擦的失業と構造的失業(技術や産業の変化で、求められる能力と仕事とのミスマッチが起きる失業)の水準に対応するものと整理されます。景気の悪さによる循環的失業は含みません。)
インフレを起こし続ければ失業はゼロにできる?
右下がりの曲線を見ると、思いつく人がいます。「政府がお金を刷って物価を上げ続ければ、失業率は自然失業率の壁も突破してゼロに近づくのでは?」。かつての経済学者や政策立案者も同じことを考えました。これに真っ向から異議を唱えたのが、ミルトン・フリードマンを中心とするマネタリストです。マネタリズムは、マネーサプライ(世の中に出回るお金の量)が景気や物価を決めると考える立場で、その管理(通貨供給量の調整)を重視します。動画では「金利操作」にも触れていますが、マネタリストは金利を固定・誘導する政策には否定的でした。
彼らは、フィリップス曲線が右下がりになるのは短期の話にすぎない、と主張しました。カギは冒頭の貨幣錯覚です。
具体的に見てみましょう。給料が5%アップと言われると、人は額面だけを見て喜び、残業もするし、お金も使います。企業も商品が高く売れるので、もっと人を雇おうとします。こうして失業率は自然失業率より下がります。けれど、政府が起こしたインフレで卵も牛乳も同時に5%値上がりしていれば、実質賃金は 1.05÷1.05−1=0 で、1円も上がっていません。これを貨幣錯覚(名目の変化を実質の変化と取り違えること)といいます。
人は永遠にだまされ続けません。半年もすれば、給料が増えたはずなのに生活が楽にならないと気づきます。労働者は物価が上がった分、もっと賃上げを要求します。動画では、企業も実質的な人件費が安いと思って雇ったのに、これ以上は雇い続けられないと採用を止め、人員整理に動く、と説明されます。結果として、失業率は自然失業率の水準にもどってしまいます。
たとえ話:インフレはカンフル剤
インフレを起こして失業率を下げるのは、カンフル剤を打つようなものです。一時的に元気になっても、錯覚がさめれば元通りで、何も解決していません。しかもインフレ率だけは高いままです。
長期フィリップス曲線は垂直になる
錯覚がさめて失業率がもどり、またインフレを起こして一時的に下がり、またもどる。これを長い目でグラフにすると、自然失業率の地点から真上にのびる垂直な直線になります。これが長期フィリップス曲線です。縦軸のインフレ率をどれだけいじっても、失業率は自然失業率から動きません。この考え方を自然失業率仮説といい、長期的にはインフレ率と失業率の間にトレードオフ(どちらかをとれば、どちらかをあきらめる関係)は存在しない、という結論になります。
(補足:自然失業率仮説は、フリードマンの代表的な論文「The Role of Monetary Policy」(1968年。前年の米国経済学会会長講演にもとづく)で知られます。フェルプスの研究とあわせて語られます。上の図のように、人々がインフレを予想に織り込むと、短期の曲線が上にずれ、失業率は自然失業率にもどる一方で、物価上昇率は高いままになります。教科書では、インフレ予想を入れた形で「実際のインフレ率が予想と一致する失業率」を自然失業率と説明することもあります。)
試験の注目点:短期と長期を区別する
- 短期:フィリップス曲線は右下がり。インフレ率と失業率にトレードオフがある
- 長期:自然失業率で垂直。トレードオフはない(自然失業率仮説)
- 名目賃金の上昇を実質の上昇と取り違える錯覚が、短期の失業低下を生む
ニュースの数字を実質で読む
動画の最後は、リスナーへの問いかけでした。「歴史的賃上げ」と報じられるとき、あなたの購買力は本当に上がっているでしょうか。たとえば、名目賃金が3%上がっても、物価が4%上がれば、実質賃金は 1.03÷1.04−1=約−0.96%、つまり下がります。名目という表面の数字ではなく、その裏にある実質を見る視点が、診断士にとって大きな武器になる、というメッセージです。
まとめ
- 景気循環は、国民所得の周期的な変動。谷から山が拡張期、山から谷が後退期。
- 波は4つ。キチン(在庫・約40か月)、ジュグラー(設備・約10年)、クズネッツ(建設・約20年)、コンドラチェフ(技術革新・約50年)。
- フィリップス曲線は、もともと名目賃金上昇率と失業率の負の相関。賃金と物価の連動で、物価上昇率と失業率の右下がりの曲線(物価版)にできる。
- 物価上昇率が0のときの失業率が自然失業率。完全雇用でも、摩擦的失業などで0%にはならない。
- 短期は右下がりでも、貨幣錯覚がさめれば失業率は自然失業率にもどる。長期フィリップス曲線は垂直で、トレードオフはない。

