意思表示と第三者関係|大切な車が見知らぬ人の手に渡ったら?
経営法務 第4回
「ある日突然、大切にしているビンテージカーが、まったく見知らぬ人の手に渡ってしまったら?」。動画はこんな問いかけから始まります。このページでは動画の流れにそって、意思表示にキズがあったときの契約の行方と、事情を知らない第三者がからんだときの扱いをまとめました。まず動画を聞いて、あとからここで復習するのがおすすめです。
契約は「意思表示」でできている
契約は、「この車を売ります」という申込みに対して、相手が「買います」と承諾したときに成立します(民法522条1項)。申込みも承諾も、「一定の法律効果を発生させたい」という意思を相手に伝える行為で、これを意思表示といいます。ふつうは、意思表示をすればそのとおりの法律効果が生じます。
では、意思表示が正しくなされていなかったら? 動画は、この疑問を甲・乙・丙の3人の登場人物で考えていきます。
- 甲:ビンテージカーの持ち主(本人)
- 乙:甲の契約の相手方
- 丙:あとから現れる第三者。乙から車を買った人です
丙が「甲と乙の間の事情」を知らないことを善意、知っていることを悪意といいます。日常語の「いい人・悪い人」とは関係ありません。さらに、不注意で知らなかった場合を過失あり、不注意もなく知らなかった場合を無過失といいます。この「善意」「善意無過失」の違いが、あとで何度も出てきます。
たとえば
甲が乙に車を売ったあと、乙がその車を丙に転売しました。実は甲と乙の契約にはキズがありました。このとき甲は「あの契約はなかったことにするから、車を返して」と丙に言えるのか。これが、このテーマの中心的な問いです。丙が事情を知らない善意の人なら、なおさら「そんなの困る」と思いますよね。
意思能力がない場合:無効
最初のケースは、甲に意思能力がない場合です。意思能力とは、自分の行為の結果を理解して判断できる力のことで、たとえば重度の認知症で自分が何をしているのかわからない状態や、泥酔して判断がつかない状態では、意思能力がありません。
意思能力のない人がした法律行為は無効です(民法3条の2)。無効とは、最初から効力がなかった、ということです。
判断できない人が結んだ契約は、なかったことになるんですね。それは安心しました。
はい。判断できていないのに結ばされた契約を有効にしたら、あまりにも酷ですからね。
補足:意思能力のない人が契約に基づいて何かを受け取っていた場合、返還する範囲は「現に利益を受けている限度」に抑えられます(民法121条の2第3項)。判断力のない人に重い返還負担を負わせないための配慮です。
制限行為能力者の契約:取消し(第三者にも主張できる)
次は、一人では完全な法律行為ができないとされる制限行為能力者が結んだ契約です。この場合、契約は取り消すことができます。
補足:制限行為能力者には4種類あります。未成年者、成年被後見人、被保佐人、被補助人です。保護者の同意などが必要な行為を同意なしにしたときは、取り消せます(民法5条2項・9条・13条4項・17条4項)。なお成年被後見人が日用品の購入などをしたときは、取り消せません(9条ただし書)。
ここで大事なのが、取消しは、事情を知らない第三者(丙)に対しても主張できるという点です。甲が制限行為能力者で、乙が丙に車を転売していたとしても、甲は契約を取り消して、丙に車の返還を求められます。丙が善意でも、さらには無過失であっても同じです。
ちょっと待ってください。もし私が丙だったら、納得できません。正規のルートでお金を払ったのに、元の持ち主が制限行為能力者だったから車を返してなんて、もらい事故ですよ。
お気持ちはもっともです。でも、民法の価値観として、取引の安全よりも、判断能力が不十分な人を守ることを優先しているんです。
取引よりも弱者保護が優先されるわけですね。
そうです。制限行為能力者を守る、強力なシールドといえます。
- 取り消されると、その契約は初めから無効だったものとみなされます(民法121条)。取り消すまでは有効です。
- 取り消せる人(取消権者)は、制限行為能力者本人、その代理人、承継人、同意をすることができる人に限られます(民法120条1項)。
- 取消権は、追認できるときから5年、行為の時から20年で時効消滅します(民法126条)。
- 制限行為能力者が、行為能力者であると信じさせるために詐術を用いたときは、取り消せなくなります(民法21条)。守られるべき人が、相手を欺いた場合は別、という趣旨です。
詐欺・強迫:取消しできる。ただし第三者は違う
今度は、甲に判断能力はあったけれど、外部から不当な干渉を受けた場合です。意思表示にキズ(瑕疵)がある、ということで、詐欺(だまされた)や強迫(おどされた)がこれにあたります。詐欺・強迫による意思表示は、取り消すことができます(民法96条1項)。無理やり、あるいはだまされて結ばされたのだから、当然ですよね。
問題は、その車が善意の丙に渡ってしまった場合です。ここで、詐欺と強迫の結論が分かれます。
強迫:善意の第三者にも取消しを主張できる
強迫の場合、甲は、善意の丙に対しても取消しを主張できます。強迫は、意思決定の自由を大きく侵害するもので、命の危険すら伴うことがあります。被害者を守る必要が高いからです。民法も、第三者を守る96条3項では、詐欺だけを対象にしていて、強迫は含んでいません。
詐欺:善意でかつ過失のない第三者には対抗できない
詐欺の場合は、結論が変わります。甲が乙にだまされて車を売り、事情を知らない丙がその車を買ったとき、甲は、善意でかつ過失のない(善意無過失の)丙に対して、詐欺による取消しを主張(対抗)できません(民法96条3項)。つまり、車は取り戻せません。
ちょっと待ってください。詐欺は犯罪じゃないですか。だまされた方が悪いみたいになりませんか。
一見そう思えますよね。でも法律は、だまされた側にも多少の隙があったと見るんです。強迫を不可抗力とするなら、詐欺は、戸締まりを忘れて泥棒に入られたようなもの、というたとえが動画に出てきます。
だまされる方にも少し隙があった。だから、何も知らない丙を優先して守るんですね。
ただし例外があります。丙が悪意だった場合、あるいは善意でも過失があった場合は、甲は丙に対して取消しを主張でき、車を取り戻せます。事情を知っていた、あるいは注意すれば気づけたのなら、丙を特別に守る必要はないからです。動画はこれを、被害者の落ち度と第三者の保護の必要性を天秤にかける「バランステスト」と呼んでいます。
試験ではここに注目
- 強迫は善意無過失の丙にも対抗できる。詐欺は善意無過失の丙には対抗できない
- 詐欺で守られる第三者は「善意でかつ無過失」。善意だけでは足りない(過失があれば取消しを主張できる)
補足(第三者による詐欺):ここまでは、相手方の乙本人が甲をだました場面でした。これとは別に、乙とは別の第三者がだました場合があります。この場合、甲が取り消せるのは、相手方の乙が詐欺の事実を知っていたか、知ることができたときに限られます(民法96条2項)。一方、強迫にはこの制限がなく、第三者に強迫されたのであれば、乙が事情を知らなくても取り消せます。
補足(取消し後の第三者):96条3項が守るのは、取消しの前に登場した第三者です。取り消したあとで乙が丙に売った場合は、判例では、甲と丙のどちらが先に登記(車なら引渡しなど)を備えたかで決まる対抗問題として扱われます。動画が扱うのは、取消し前の第三者です。
心裡留保:冗談は原則として有効
ここからは、他人にだまされたのではなく、自分から意図的にウソの意思表示をした場合です。自己責任の原則がどう働くかを見ます。
まず心裡留保(しんりりゅうほ)です。冗談のように、本当の意思(真意)とは違うことをわかっていながら意思表示をすることをいいます。たとえば、売る気がないのに、「このビンテージカー、100円で売るよ」と冗談で言ってしまうような場合です。
この場合、甲と乙との契約は、原則として有効です(民法93条1項本文)。冗談で言っても、有効になってしまうのです。
冗談なんだから、無効じゃないんですか。
いえ、原則は有効です。冗談だと言い張って逃げられるなら、相手は安心して取引できなくなりますよね。
ただし例外があります。相手方の乙が、甲の真意ではないことを知っていた(悪意)か、知ることができた(過失がある)ときは、意思表示は無効になります(民法93条1項ただし書)。冗談だとわかっている、あるいはふつうならわかるはずの相手を守る必要はないからです。
さらに、乙が悪意(または有過失)で契約が無効になった場合でも、そのあとで善意の丙が車を買っていたら、甲は無効を丙に対抗できません(民法93条2項)。自分の冗談のせいで車が丙に渡ってしまった以上、取り戻せないのです。まさに自業自得、自己責任というわけです。
ここで守られる丙に必要なのは、善意だけです。無過失までは求められていません。
通謀虚偽表示:無効。ただし善意の第三者には対抗できない
もうひとつが通謀虚偽表示(つうぼうきょぎひょうじ)、略して虚偽表示です。相手と通じて(結託して)、本当の意思とは違う表示をすることをいいます。たとえば、債権者からの差押えを逃れるために、甲が乙と示し合わせて、売る気もないのに車の名義だけを乙に移す、というような場合です。
ウソの契約ですから、甲と乙の間の契約は無効です(民法94条1項)。
ところが、乙が勝手にその車を善意の丙に売ってしまった場合はどうでしょう。甲は、善意の丙に対して無効を主張できません(民法94条2項)。丙は善意でありさえすれば守られ、過失の有無は問われません。つまり、丙が不注意で事情を知らなかったとしても守られます。登記も不要というのが判例です。自分で真実と違う外観をつくり出した人は、徹底的に守られない、という厳しい自己責任のルールです。
たとえば
借金取りから逃れるために、甲が乙と口裏を合わせて車の名義を移した。ところが乙が裏切って、何も知らない丙に売ってしまった。それでも甲は、丙に「あれはウソの契約だったから返して」とは言えません。丙が少し不注意だったとしても、です。
補足(保護される「第三者」とは):94条2項の第三者とは、判例によれば、虚偽表示の当事者またはその一般承継人(相続人など)以外の者で、その表示の目的について法律上利害関係を有するに至った者です(最判昭和45年7月24日)。仮装の売買で買主とされた乙から、車を買った人や、抵当権の設定を受けた人がこれにあたります。
補足(転得者):丙がさらに丁に転売した場合、丙が善意なら、丁が悪意でも保護されるとするのが、大審院の判例以来の考え方(絶対的構成)です。丙の地位をそのまま引き継ぐ、という発想です。
錯誤:勘違いは取消しできる
意図的なウソの次は、意図せずに勘違いをしてしまった場合、つまり錯誤です。誰にでも起こりうるミスですよね。錯誤による意思表示は、取り消すことができます(民法95条1項)。
補足(無効から取消しへ):錯誤は、令和2年4月1日施行の民法改正の前は「無効」でした。現在は「取消し」です。令和8年度試験では、取消しで答えます。
補足(取り消せる錯誤の中身):動画では細かくふれていませんが、取り消せる錯誤には2種類あり、どちらも、その錯誤が法律行為の目的や取引上の社会通念に照らして重要なものであることが必要です。
- 表示の錯誤(民法95条1項1号):意思表示に対応する意思を欠く錯誤。たとえば、10万円と書くつもりが、100万円と書き間違えた場合。
- 動機の錯誤(民法95条1項2号):法律行為の基礎とした事情についての認識が、事実と違っていた場合。たとえば、「近くに駅ができる」と思って土地を買ったが、実際にはできなかった場合。ただし、その事情が法律行為の基礎とされていることが相手に表示されていたときに限り、取り消せます(同条2項)。
ただし、錯誤にも条件があります。錯誤に重大な過失(あまりにも不注意なミス)があった場合は、原則として取り消せません(民法95条3項)。ふつうの不注意ならよい、ということです。
補足:重大な過失があっても、次の場合は取り消せます(民法95条3項各号)。
- 相手方が、表意者に錯誤があることを知っていた、または重大な過失で知らなかったとき
- 相手方も同じ錯誤に陥っていたとき(共通錯誤)
そして第三者との関係では、錯誤による取消しは、善意でかつ過失のない第三者には対抗できません(民法95条4項)。無過失の丙を巻き込んでしまったら、自分のミスは自分で引き受けなさい、ということです。
ミスは許されるけれど、第三者を巻き込むなら話は別、というわけですね。
そうです。単にミスを許すのではなく、重大な過失があったか、第三者の保護の観点からどうか、という点でしっかり線を引いているんです。
全体を並べて整理しよう
ここまでの5つの類型を、第三者との関係でまとめます。意思能力がない場合は、そもそも契約が最初から無効で、第三者の保護の規定はありません。
| 類型 | 契約の効果 | 守られる第三者 |
|---|---|---|
| 制限行為能力者 | 取消し | 保護されない |
| 強迫 | 取消し | 保護されない |
| 詐欺 | 取消し | 善意無過失 |
| 錯誤 | 取消し(重過失なら原則不可) | 善意無過失 |
| 心裡留保 | 原則有効(相手方が悪意・有過失なら無効) | 善意のみ |
| 通謀虚偽表示 | 無効 | 善意のみ |
試験ではここに注目
- 「無効」になるのは、意思能力がない・通謀虚偽表示・心裡留保の例外(相手方が悪意または有過失)。「取消し」になるのは、制限行為能力者・詐欺・強迫・錯誤
- 第三者の保護の要件:詐欺と錯誤は「善意でかつ無過失」、心裡留保と虚偽表示は「善意」のみ。制限行為能力者と強迫は、第三者を保護しない
- 心裡留保で無効になるのは、相手方が「悪意」の場合だけでなく、「知ることができた」(有過失)の場合も含まれる
- 錯誤は、重大な過失があると原則取り消せない。ただし相手方が悪意・重過失で知らなかったとき、または同一の錯誤のときは取り消せる
動画の最後の問い:AIが契約したら?
動画は最後に、少し未来の問いを投げかけて終わります。「あなたの代わりにAIが契約の意思表示を行う時代、AIが勝手に錯誤を起こして、ありえない価格で発注してしまったり、詐欺に引っかかったりしたら、法律は人間の過失をどう扱うのか。あなたは、善意の第三者から財産を守れるのか」という問いです。
動画の中でも答えは出ていません。現在の民法にAI専用の定めがあるわけではないので、試験対策としては、ここまで見てきた「本人の落ち度と第三者の保護を天秤にかける」という考え方を身につけておくことが大切です。
まとめ
- 意思表示のキズには、判断力不足(無効または取消し)、詐欺・強迫(取消し)、本心とのズレ(心裡留保・虚偽表示・錯誤)がある
- 意思能力がなければ無効。制限行為能力者の契約は取り消せて、善意無過失の第三者にも主張できる
- 強迫は善意の第三者にも取消しを主張できる。詐欺は善意でかつ無過失の第三者には主張できない
- 心裡留保は原則有効。相手方が悪意・有過失なら無効だが、善意の第三者には主張できない
- 通謀虚偽表示は無効。善意の第三者には、過失の有無を問わず主張できない
- 錯誤は取消し(重過失があれば原則不可)。善意でかつ過失のない第三者には主張できない

