債権の発生原因
経営法務 第7回
「明日の朝、目を覚ましてスマートフォンで銀行口座を確認したら、まったく身に覚えのない100万円が振り込まれていたとしたら」。動画はこんな想像から始まります。このページでは動画の流れにそって、債権とは何か、そして債権が生まれる4つの原因を、まとめました。まず動画を聞いて、あとからここで復習するのがおすすめです。
身に覚えのない100万円が振り込まれていたら?
明日の朝、目を覚ましてスマートフォンで銀行口座を見たら、まったく身に覚えのない100万円が入っていた。そんな場面を想像してみてください。あなたは誰とも契約していませんし、誰のものも盗んでいません。それでも、法律の目から見ると、あなたはその瞬間から「見えない糸」で誰かと結ばれ、重い義務を背負うことになります。
ビジネスも日常生活も、握手や判子がなくても、この見えない糸でしっかり結びつけられています。その糸の正体が債権です。このページでは、債権とは何か、そしてその糸がどんなきっかけで生まれるのか(発生原因)を順番に見ていきます。
債権とは? 債権者と債務者
債権とは、他の人に対して一定の行為を請求できる権利のことです。その権利を持つ人を債権者といいます。権利を持つ人がいるなら、当然、その行為を請求される側、つまり行為をする義務を負う人もいます。この人が債務者です。
債権者と債務者の2人がそろって、はじめて権利と義務の関係が成り立つんですね。
はい。この関係が、さきほどの「見えない糸」の正体です。ただ、相手に何かを強制できる権利が、何のきっかけもなく突然生まれたら怖いですよね。だから、債権が生まれるには必ず理由があります。それが発生原因です。
(補足:動画にない話です。債権と対になるのが物権です。物権は、所有権のように物を直接支配できる権利、債権は、特定の人に行為を請求する権利、という違いがあります。なお、民法399条は、債権の目的は金銭に見積もれないものでもよいと定めています。お金の支払いだけでなく、「物を引き渡す」「作業をする」といった行為も、債権の内容になりえます。)
債権の発生原因は4つ
債権が生まれるきっかけは、大きく分けて次の4つです。
- 契約
- 不法行為
- 不当利得
- 事務管理
① 契約:約束によって生まれる債権
いちばん身近なのが契約です。契約とは、申込みと承諾という2つの意思表示が合致することで成立する、当事者同士の約束のことです。「この商品を売ってください」という申込みに、「わかりました、売りましょう」と承諾する。互いの意思表示がぴたりと合うから、品物を渡す義務やお金を払う義務が生まれます。民法522条1項も、契約は、申込みに対して相手方が承諾をしたときに成立すると定めています。
契約の詳しい内容は別の項目で扱いますので、ここでは「約束によって生まれる債権」とだけ押さえておけば十分です。
(補足:動画にない話です。民法521条は、契約をするかどうか、またその内容を自由に決められること(契約自由の原則)を定めています。内容の自由は、法令の制限の範囲内です。また522条2項により、契約の成立には、法令に特別の定めがある場合を除き、契約書などの書面は要りません。口頭の約束でも、契約は成立します。)
②〜④ 契約に基づかずに生まれる債権
ここが、試験でも重要なポイントです。不法行為・不当利得・事務管理の3つは、契約(当事者の約束)に基づかずに発生します。
ちょっと待ってください。約束していないのに、権利や義務が勝手に生まれるんですか。なんだか強引に感じます。
そう思いますよね。でも、この3つは、社会の中で起きてしまった「約束以外のトラブルやずれ」を、法律の力でフラットな状態に戻すための仕組みなんです。約束がなくても、公平さを保つために、法律が自動的に見えない糸を張ってくれます。
約束でつくるのが契約で、起きてしまったずれを清算するのが、残りの3つということですね。それなら納得できます。
(補足:動画にない話ですが、契約のように当事者の意思で生まれる債権に対して、不法行為・不当利得・事務管理のように、法律の定めによって生まれる債権を「法定債権」と呼ぶことがあります。これは法律の条文にある用語ではなく、整理のための呼び方です。)
不法行為:マイナスの出来事から生まれる債権
不法行為は、文字どおりマイナスの出来事から生じる債権です。たとえば、他人の物をわざと壊した場合がこれに当たります。
誰かが私の車をわざと壊したとします。私とその人のあいだには、何の契約もありません。それでも、違法に他人へ損害を与えたのですから、放っておくわけにはいきません。そこで民法709条は、故意または過失によって他人の権利や法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負うと定めています。損害を賠償する義務が加害者の債務で、その裏返しとして、被害者には「賠償金を払ってください」と請求できる債権が自動的に生まれるわけです。
(補足:動画にない話です。709条にあるとおり、不法行為が成立するには、わざと(故意)だけでなく、不注意(過失)でもかまいません。ほかに押さえたい条文を表にまとめます。)
| 条文 | 内容 |
|---|---|
| 710条 | 他人の身体・自由・名誉を侵害した場合も、財産権を侵害した場合も、財産以外の損害(精神的な苦痛など)に対する賠償をしなければならない。 |
| 711条 | 他人の生命を侵害した者は、被害者の父母・配偶者・子に対しても、損害を賠償しなければならない。 |
| 719条 | 数人が共同の不法行為で損害を加えたときは、各自が連帯して賠償する責任を負う。 |
| 722条2項 | 被害者にも過失があったときは、裁判所は、これを考慮して損害賠償の額を定めることができる(過失相殺)。 |
| 724条・724条の2 | 損害賠償請求権は、損害と加害者を知った時から3年(人の生命・身体を害する不法行為は5年)、または不法行為の時から20年で、時効により消滅する。 |
使用者責任:会社も責任を負う
不法行為には、試験の観点からも重要な特殊ケースがあります。使用者責任です。あなたが会社の社長になったつもりで考えてみてください。
会社の従業員が、事業の仕事の中で第三者に損害を与えたら、どうなるでしょうか。たとえば、配達中のドライバーがよその家の壁にトラックをぶつけて壊してしまった場合です。運転していた従業員本人が賠償責任を負うのは、わかります。しかし社長は運転していません。それでも法律は、従業員だけでなく、会社も損害賠償の責任を負うとしています。これが使用者責任で、民法715条1項に定められています。
社長はその場にいないのに、なぜ会社まで責任を負うんですか。
理由はシンプルです。会社は従業員の手足を使って事業を広げ、利益を上げていますよね。利益を得るために、他人にリスクを及ぼしうる活動をしている以上、その過程で生じた損害にも責任を負うのが公平だ、という考え方なんです。
利益を受けるなら、それに伴うリスクも負担しなさい、ということですね。
(補足:動画にない話です。715条は、会社が負う責任について、次の点を定めています。)
- 責任を負うのは、従業員が「その事業の執行について」第三者に加えた損害です。
- ただし書により、使用者が従業員の選任と事業の監督について相当の注意をしたとき、または相当の注意をしても損害が生ずべきだったときは、責任を負いません。
- 使用者に代わって事業を監督する者(代理監督者)も、同じ責任を負います(2項)。
- 会社が被害者に賠償した場合、会社から従業員に対する求償権は妨げられません(3項)。
不当利得:誰も悪くないのに、財産がずれてしまう
不法行為は「誰かが悪いことをした」ケースでした。次は、誰も悪いことをしていないのに、お金や財産がずれてしまうケースです。冒頭の、身に覚えのない100万円が振り込まれていた場面が、まさにこれです。これが不当利得です。
口座の持ち主は、ただ朝起きただけで、何も悪いことはしていません。ただ、誤って他人の口座に振り込まれたお金を受け取ったとき、そこには明らかに清算すべきずれがあります。ラッキーと思ってもらってはいけないのです。
民法703条は、法律上の原因なく他人の財産または労務によって利益を受け、そのために他人に損失を及ぼした者(受益者)は、その利益の存する限度で、これを返還する義務を負うと定めています。
不当利得が成立する4つの要件
長い条文をそのまま暗記するのは大変ですので、4つのブロックに分けて覚えます。
① 受益:あなたの口座に100万円が入ったので、あなたは他人の財産によって利益を受けています。
② 損失:鏡の裏側では、どこかの誰かの口座から100万円が減っています。誰かがマイナスを負っているのです。
③ 因果関係:世の中には、誰かが得をして誰かが損をする場面はいくらでもあります(ビジネスの競争がそうです)。プラスとマイナスがあるだけでは足りず、受益と損失がつながっていることが必要です。
④ 法律上の原因がないこと:ここで少し意地悪な質問をします。
あなたが、私の持っている車を、相場よりずっと安く買い叩いたとします。あなたには利益があり、私には損失があり、そこには因果関係もあります。では私は、これは不当利得だから車を返せと請求できるでしょうか。
いやいや、それは無理ですよ。お互いに納得して売買の契約を結んだんですから。
そう、今ご自身で答えを言いましたね。契約という約束を交わしているなら、そこに利益と損失のずれが生じても、それは不当ではないんです。だから、4つ目の要件「法律上の原因がない」が必要なんですよ。
誤って振り込まれたお金は、契約も何もないのに、つまり法律上の原因がないのに、受益と損失が因果関係を持って生じてしまいました。だから、ずれを修正するために、返還する義務という債務が発生するのです。
(補足:動画にない話ですが、③の因果関係について、騙取・横領された金銭が、他の金銭と混ざったり預金されたりして第三者への弁済に使われた事案で、判例は、金銭が途中でほかのお金と混ざったり預金されたりしていても、「社会通念上、その金銭で相手の利益をはかったと認められるだけのつながり」があれば、不当利得に必要な因果関係を認めています。試験では要件の当てはめが中心です。)
【補足】返還の範囲と、不当利得の特別なルール
動画にはない内容ですが、不当利得の論点として、次の条文も押さえておきましょう。
まず返還の範囲です。703条は、受益者は利益の存する限度で返還すればよいと定めています。他方、704条は、悪意の受益者(法律上の原因がないと知っている受益者)は、受けた利益に利息を付して返還しなければならず、なお損害があれば賠償の責任も負うと定めています。冒頭の100万円の例で、誤振込みと気づかずに使ってしまったのと、誤りと知りながら受け取ったのとでは、責任の重さが違うわけです。
また、契約が無効だったり取り消されたりした場合は、121条の2により、給付を受けた者は相手方を原状に復させる義務を負います。これは、法律上の原因が後から消えた場合の返還ルールです。
そして、次のように、不当利得でも返還を求められない特別なケースがあります。
| 条文 | 内容 |
|---|---|
| 705条(非債弁済) | 債務がないと知りながら弁済として給付した者は、その給付したものの返還を請求できない。 |
| 706条(期限前の弁済) | 弁済期にない債務の弁済として給付した債務者は、返還を請求できない。ただし、債務者が錯誤によって給付したときは、債権者は、これによって得た利益を返還しなければならない。 |
| 707条(他人の債務の弁済) | 債務者でない者が錯誤で弁済をした場合に、債権者が善意で証書を滅失・損傷し、担保を放棄し、または時効によって債権を失ったときは、弁済をした者は返還を請求できない(債務者への求償権の行使は妨げられない)。 |
| 708条(不法原因給付) | 不法な原因のために給付をした者は、返還を請求できない。ただし、不法な原因が受益者のみにあったときは別。 |
事務管理:親切心から生まれる債権
最後の発生原因は、少し毛色が違います。お節介や親切心から始まる債権です。それが事務管理です。
事務管理とは、法律上の義務がない人が、他人のために、他人の事務の管理を始めることをいいます(民法697条1項)。「事務の管理」というと堅苦しいですが、たとえば、留守中の隣の家で水漏れが起きたので、代わりに応急処置をした場合がこれに当たります。あなたには、隣の家の水漏れを直す契約も、法律上の義務もありません。それでも、放っておけば隣人は大損害を受けるので、善意で他人のために動いたわけです。
善意でやったことなのに、そこから債権や債務という法律上の関係が生まれるんですか。勝手に直したんだからお金を払えと言い出して、ご近所トラブルが悪化しませんか。
一見そう思えるかもしれません。でも実は逆なんです。事務管理というルールは、親切な人を守るためのものなんですよ。水漏れを止めるために自腹で1万円を払ったのに、隣人から「頼んでないから払わない」と言われたら、あなたはただ損をしただけの人になってしまいます。
それは悲しすぎます。泣き寝入りですね。
そうならないように、法律は、頼まれていなくても他人のために適切に事務を管理したのなら、かかった費用を請求できる権利を与えています。善意で動いた人が損をしないように、ここでも見えない糸がずれを清算してくれるんです。
具体的には、民法702条1項が、管理者は本人のために有益な費用を支出したときは、本人に対してその償還を請求できると定めています。この仕組みがあるおかげで、私たちは安心して隣人のピンチを助けられるわけです。
【補足】管理者の義務と、費用の範囲
動画にはない内容ですが、事務管理は「親切な人を守る」だけでなく、管理者に一定の義務も課しています。
| 条文 | 内容 |
|---|---|
| 697条 | 管理者は、事務の性質に従い、最も本人の利益に適合する方法で管理しなければならない。本人の意思を知っているとき、または推知できるときは、その意思に従う。 |
| 698条(緊急事務管理) | 本人の身体・名誉・財産に対する急迫の危害を免れさせるために管理したときは、悪意または重大な過失がなければ、これによって生じた損害を賠償する責任を負わない。 |
| 699条 | 管理を始めたことを、遅滞なく本人に通知しなければならない(本人がすでに知っているときを除く)。 |
| 700条 | 本人(またはその相続人・法定代理人)が管理できるようになるまで、管理を継続しなければならない。ただし、継続が本人の意思に反し、または本人に不利なことが明らかなときは別。 |
| 701条 | 委任の規定(報告、受け取った物の引渡しなど。645条から647条まで)が準用される。 |
| 702条 | 有益な費用の償還を請求できる。管理者が本人のために有益な債務を負担したときは、本人に代わって弁済するよう請求できる(650条2項の準用)。管理者が本人の意思に反して管理したときは、本人が現に利益を受けている限度でのみ、これらを請求できる。 |
動画では「かかった費用を請求できる」と話していましたが、条文上、請求できるのは「本人のために有益な費用」です。また、管理が本人の意思に反していたときは、本人が現に得ている利益の範囲に限られます。
4つの発生原因を、もう一度ならべて整理する
ここまでの話を、表にまとめて振り返ります。
| 発生原因 | 生まれるきっかけ | 債権の中身(例) |
|---|---|---|
| 契約 | 申込みと承諾の合致(当事者の約束) | 代金の支払い、商品の引渡し |
| 不法行為 | 故意または過失で他人に損害を与えた | 損害賠償(使用者責任も) |
| 不当利得 | 法律上の原因なく利益を受け、他人に損失を与えた | 利益の返還 |
| 事務管理 | 義務なく他人のために事務を管理した | 有益な費用の償還 |
債権とは、他の人に対して一定の行為を請求できる権利でした。それを生み出す発生原因は4つ。1つ目が当事者の約束である契約、そして残りの3つは、契約に基づかずに発生するものでした。その3つとは、他人に損害を与える不法行為、正当な理由なく利益を得て他人に損失を与える不当利得、義務がないのに他人のために動く事務管理です。
この「契約に基づかない3つ」は、社会のゆがみやずれを清算するための、法律の知恵です。試験でどれだけ複雑な事例が出ても、「約束の話か、それとも、ずれの清算の話か」という視点を持てば、正解の選択肢にたどり着けるはずです。
動画の最後の問いかけ
明日、道端で誰かが他人の自転車をうっかり倒してしまったり、銀行の明細を見たりしたときに、「あ、そこには今、不法行為や不当利得、事務管理という見えない糸が張られたんだな」と想像してみてください。法律は、分厚いテキストの中だけにあるのではなく、私たちの目の前で常に動いているしくみです。そう思えると、勉強がぐっと面白くなります。
まとめ
- 債権=他の人に対して一定の行為を請求できる権利。権利を持つ人が債権者、義務を負う人が債務者
- 債権の発生原因は、契約・不法行為・不当利得・事務管理の4つ
- 契約は、申込みと承諾の合致で成立する当事者の約束(522条)。残りの3つは、契約に基づかずに生まれる
- 不法行為は、故意または過失で他人に損害を与えたときに生じる(709条)。従業員の不法行為では、会社も使用者責任を負う(715条)
- 不当利得は、「受益・損失・因果関係・法律上の原因がない」の4要件で成立し、受益者に返還義務が生じる(703条)
- 事務管理は、義務なく他人のために事務を管理することで、有益な費用の償還を請求できる(697条・702条)
試験ではここに注目
- 債権の発生原因は4つ(契約・不法行為・不当利得・事務管理)。契約に基づかない3つがどれかを聞かれる
- 具体例が、4つのどれに当たるかを判断する問題(誤振込み=不当利得、隣家の水漏れの応急処置=事務管理、など)
- 使用者責任:従業員だけでなく、使用者である会社も責任を負う
- 不当利得の4要件。とくに「法律上の原因がない」ことが必要な点(契約があれば不当利得にならない)
- 事務管理は、親切な人を守る制度。請求できるのは有益な費用
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