賃借権の対抗力|大家さんが変わっても出て行かなくていい?
「ある日突然、賃貸マンションのオーナーが変わりました、というお知らせが届いたらどうしますか?」動画はこんな身近な場面から始まります。新しい大家さんに出て行けと言われたら?このページでは動画の流れにそって、賃借権の対抗力と、大家さんの立場の移り方をまとめました。まず動画を聞いて、あとからここで復習するのがおすすめです。
3行でいうと
- 賃借権を登記すれば、あとからその不動産を手に入れた人にも「私は借りています」と主張(対抗)できます。ただし、借りる人には登記に協力してもらう権利がないので、現実にはほとんど登記されません。
- 大家さんが変わったとき、大家さんの立場(賃貸人たる地位)が新しい持ち主に移るかは別の話。借りる人が対抗要件を備えていれば当然に移り、備えていなければ前後の持ち主の合意で移ります。どちらも借りる人の同意は不要です。
- 新しい持ち主が家賃を請求するには、自分の所有権移転の登記が必要です。賃借権の登記と所有権移転の登記は、区別して覚えましょう。
「オーナーが変わりました」と言われたら
動画は、こんな想像から始まります。賃貸マンションに住んでいたら、ある日「オーナーが変わりました」というお知らせが届いた。新しい大家さんに「出て行ってください」と言われたらどうしよう、と。
実は、民法にきちんとルールがあります。今回は「借りている途中で持ち主が変わったらどうなるか」を、順番に見ていきます。
賃借権の登記をすれば「対抗」できる
民法605条は、不動産の賃貸借を登記したときは、その不動産について物権を取得した者(たとえば買った人)その他の第三者に、対抗できると定めています。「対抗できる」とは、簡単にいうと、「私にはこの部屋を借りる権利がありますよ」と新しい持ち主に主張できるということです。
だから、借りている人が賃借権の登記をしていれば、持ち主が変わっても出て行かなくて済みます。逆にいうと、登記をしていなければ、新しい持ち主に「出て行ってください」と言われても、原則として、それに対抗する手段がなくなってしまいます。
なのに、賃借権の登記はほとんどされない
「じゃあ登記しておけば安心ですね」と思いますよね。ところが、実際に土地や建物を借りるときに、賃借権の登記をすることはほとんどありません。しかも借りる人には、登記請求権が認められていません。これは判例の考え方です。
家を買うときなら、買った本人は絶対に登記したいですし、売る側にとっても取引を終わらせるために必要な手続きなので、双方の思いが一致します。でも賃貸借では、借りる人が登記したくても、貸す人にはそこまで協力する理由がありません。登記請求権というのは「貸す人に、登記に協力してくださいと求める権利」のこと。それがないので、貸す人が面倒だからと協力しなければ、借りる人は自分の意思だけでは登記できないのです。
契約はちゃんと成立しているのに、登記は大家さんの協力がないとできないんですか。それは借りる人にとって大変ですね。
そうなんです。だから借地借家法という別の法律に、借りる人を守るための特別なルールが用意されています。たとえば、土地を借りている人は、土地の上に建てた自分名義の建物を登記すれば足りますし(10条)、建物を借りている人は、建物の引渡しを受けていれば足ります(31条)。詳しくは借地借家法のパートでやります。
今回は、まず民法の原則をしっかり押さえておく、ということですね。
大家さんの「立場」は新しい持ち主に移る?
次は、対抗できるかどうかとは別の話です。持ち主が変わったとき、貸主としての立場そのものがどうなるか。専門的には賃貸人たる地位といいます。家賃を受け取ったり、使わせる義務を負ったりする、貸主としての権利と義務のセットのことです。この大家さんの立場が、新しい持ち主に引き継がれるのかという問題です。
結論は、借りる人が対抗要件(賃借権の登記など、対抗できる状態)を備えているかどうかで分かれます。
借りる人が対抗要件を備えている場合
この場合は、前の持ち主から新しい持ち主へ所有権が移ると、賃貸人たる地位も当然に新しい持ち主に移ります(605条の2第1項)。特別な手続きは要りませんし、借りる人の同意も要りません。
たとえば
不動産の世界で「オーナーチェンジ物件」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。入居者はそのままで、大家さんだけが交代するイメージです。借りる人からすると、家賃の振り込み先が変わるだけで、住む権利自体は変わりません。
地位が移っても、借りる人が持っていた権利や、貸す人が負っていた義務は、そのまま新しい大家さんに引き継がれます。たとえば、敷金を返す義務も新しい大家さんが引き継ぎます(同条4項)。だから、同意がなくても借りる人が不利になることはない、という考え方です。
借りる人が対抗要件を備えていない場合
この場合は、所有権が移っても、賃貸人たる地位は当然には移りません。前の持ち主と新しい持ち主の間で「賃貸人たる地位を移しますよ」という合意があって、はじめて移ります(605条の3)。
同じ「持ち主が変わった」なのに、対抗要件があるかないかで、当然に移るかどうかが変わるのはどうしてですか?
対抗要件を備えた借りる人は、新しい持ち主に「私はここを借りています」と主張できる立場です。新しい持ち主も、その賃貸借の存在を前提に取引しているはずなので、大家さんの立場もセットで当然に引き継がれると考えます。対抗要件がないと、新しい持ち主がその賃貸借を知らないまま取引している可能性もあります。だから当然には移さず、前後の持ち主の合意にゆだねるわけです。
対抗要件がないと、借りる人は蚊帳の外に置かれてしまうんですか?
いいえ。この場合も、借りる人の同意なしに、前後の持ち主だけで地位を移す合意ができます。対抗要件があってもなくても、借りる人の同意は要りません。ここは試験でひっかけ問題が出やすいところです。
なお、動画では扱っていませんが、前の持ち主と新しい持ち主が「大家さんの立場は前の持ち主に残し、新しい持ち主が前の持ち主から借りて貸す」と合意した場合は、対抗要件があっても、賃貸人たる地位は移りません(605条の2第2項)。こういう例外もあることだけ、頭の片すみに置いておきましょう。
新しい持ち主が家賃を請求するには
ここまでの話とは別に、もう1つ大事なルールがあります。「新しい大家さんの立場を借りる人に主張する」ためには、新しい持ち主が所有権移転の登記を備えている必要があります(605条の2第3項、605条の3後段)。名乗るだけではダメで、登記という証拠が必要です。
ある日、知らない人から「今日から私が大家です。家賃を振り込んでください」と言われたら、誰でも不安になりますよね。詐欺かもしれません。だから法律は、登記を備えていない新しい持ち主は家賃を請求できない、というルールを置いて、借りる人を守っています。借りる人は「登記を見せてください」と言えば、本当に持ち主が変わったのかを確認できます。
このルールは、対抗要件を備えている借りる人にも、備えていない借りる人にも共通してあてはまります。地位が移る仕組みは場合分けがありましたが、家賃の請求に登記が必要という点は、場合分けなしで同じです。
最後に応用問題
対抗要件を備えていない借りる人がいて、前の持ち主と新しい持ち主の間に地位を移す合意がないのに、新しい持ち主が「家賃を払ってください」と言ってきました。どうすればいいでしょう。
考えてみてください。合意がなければ、賃貸人たる地位はまだ前の持ち主のままですよね。
ということは、新しい持ち主はそもそも大家さんの立場を持っていないので、家賃を請求する権利自体がないんですね。
そのとおりです。地位が移っていない以上、登記があるかないかにかかわらず、新しい持ち主はまだ大家さんではありません。今までどおり、前の持ち主に家賃を払えば大丈夫です。
まとめ
- 賃借権を登記すれば、新しい持ち主にも対抗できる(605条)。ただし借りる人に登記請求権がないので、実際はほとんど登記されない
- 大家さんの立場は、借りる人が対抗要件を備えていれば当然に移転、備えていなければ前後の持ち主の合意で移転。どちらも借りる人の同意は不要
- 新しい持ち主が家賃を請求するには、自分の所有権移転の登記が必要。賃借権の登記と所有権移転の登記は別もの
試験ではここに注目
- 賃借権の登記があれば新しい持ち主に対抗できる。登記がなければ、原則として対抗できない
- 借りる人には登記請求権がない(判例)
- 賃貸人たる地位の移転は、対抗要件あり=当然に移転、対抗要件なし=前後の持ち主の合意で移転。借りる人の承諾は、どちらも不要。「承諾が必要」という選択肢は誤り
- 新しい持ち主が家賃を請求するには、所有権移転の登記が必要(対抗要件の有無を問わない)
- 賃借権の登記(借りる人側)と所有権移転の登記(新しい持ち主側)を取り違えない。建物の賃借権の対抗要件は建物の引渡し(借地借家法31条)、借地権は借地上の建物の登記(同10条)
- これらの定めは、2020年4月施行の民法改正で条文(605条の2〜605条の4)になりました

