消費の3大仮説
経済学・経済政策 第29回
動画は、物理学者が、りんごは普段は木から落ちるのに長期間見ると空に向かって落ちていくデータを見つけたらパニックになりますよね、という問いかけから始まります。このページでは動画の流れにそって、ケインズ型とクズネッツ型の消費関数のずれ、ライフサイクル仮説、恒常所得仮説、相対所得仮説、メニューコストをまとめました。まず動画を聞いて、あとからここで復習するのがおすすめです。
りんごが空に落ちたら、物理学者はパニックになる
動画は、こんな想像から始まります。物理学者が、りんごが木から落ちるどころか空へ向かって落ちていくデータを見つけたら、大パニックですよね。動画によると、経済学の世界でも、それに近いミステリーが起きたそうです。大恐慌を防ぐために信じられていた根本の数式が、現実の人間の行動とずれているらしい、という話です。
(補足:「大恐慌を防ぐために」は動画の導入の言い方です。ケインズ型消費関数は、大恐慌後にケインズが示した需要を重んじる考え方に基づき、不況対策の理論の土台になりました。)
この回のテーマは消費の3大仮説です。動画は、まずそのずれがどんなものだったかを整理し、そのずれを説明するために出てきた3つの仮説を順に見ていきます。
- ライフサイクル仮説:消費は生涯所得に依存する。
- 恒常所得仮説:消費は恒常所得に依存する。
- 相対所得仮説:消費は過去や他者の消費の影響も受ける(ラチェット効果とデモンストレーション効果)。
動画の最後には、関連する知識としてメニューコストも出てきます。順番に見ていきましょう。
出発点:ケインズ型消費関数(絶対所得仮説)
ベースになっていたのは、国全体の需要がどう決まるかを分析する45度線分析と乗数理論という枠組みです。この中で、消費Cは、国民所得Yから税金Tを引いた所得(可処分所得)の1次関数、つまり直線のグラフで表されると説明されます。
数式は C=c(Y−T)+C0 という形です。これをケインズ型消費関数、あるいは絶対所得仮説と呼びます。(補足:cは、所得が1増えたときに消費が増える割合で、限界消費性向といいます。長期の式 C=cY の c は、短期の式の c とは別の値で、長期では平均消費性向と限界消費性向が等しくなります。)
数式が出てくると頭がフリーズしそうなので、分解させてください。最後についているC0は何ですか?
C0は基礎消費です。仮に所得がゼロになっても、最低限の食事や生活費は必要ですよね。収入に関係なく必ず発生するベースラインの消費のことです。
聞き手は、この式の意味を「手取り収入の一定割合を消費に回すこと。ただし収入がゼロでも最低限の支出はある」とまとめていました。講師も、そのとおりだと答えています。ここから、動画が言う重大な予測が出てきます。
所得が低いうちは基礎消費の重みが大きいので、収入のほとんどを消費に回します。国が豊かになって所得が上がるほど、基礎消費の割合は相対的に小さくなります。すると、所得に占める消費の割合、つまり平均消費性向はだんだん下がるはずです。
(補足:数値例で確かめます。c=0.8、C0=20として、可処分所得が100のとき消費は0.8×100+20=100で平均消費性向は1.0。200のとき消費180で0.9。400のとき消費340で0.85です。消費は増えていますが、割合は下がっています。動画の「一定割合」は限界消費性向cのことで、平均消費性向は一定ではなく c+C0÷(Y−T) で下がっていきます。)
動画によると、数年単位の短期の経済では、このケインズ型消費関数は比較的よく当てはまったそうです。
長期データで予測が外れた
ところが、数十年にわたる長期のデータを分析すると、この予測が外れました。所得が上がっても、消費の割合は下がらず、ほぼ一定のままだったのです。動画の説明では、このとき基礎消費C0は消えて、C=cYという、所得に一定の定数をかけただけの式になります。これをクズネッツ型消費関数と呼びます。
聞き手は、「短距離走のフォームを続ければ、そのままマラソンになるはずなのに」と、短期と長期で行動原理が変わることに首をかしげていました。講師は、まさにそこが巨大な矛盾で、これを説明できないと経済学の基礎が崩れてしまう、と受けます。そこで出てきた答えが、消費の3大仮説です。
(補足:クズネッツ型という名前は、米国の長期統計で消費と所得の割合がほぼ一定だったことを示したクズネッツに由来するとされています。この回の3つの仮説は、どれも「短期と長期で消費関数の形がちがう理由」を説明する流れで整理されます。)
第1の仮説:ライフサイクル仮説
動画の説明では、ライフサイクル仮説とは、今期の消費は生涯所得に依存する、という考え方です。今月の消費を決めるのは、現在の所得ではなく、一生のうちに使える金額と消費がバランスするように人はお金を使う、ということになります。
理屈は分かりますが、スーパーでお肉を買うとき、生涯所得があといくらだからなんて電卓は叩きませんよ。
もう少し引いて、ライフイベントで見てください。35年ローンで家を買う、奨学金を借りて大学に行く。これは現在の所得以上の消費を前借りしている状態です。逆に働き盛りで給料が上がれば、将来の年金生活に備えて貯蓄を増やしますよね。
聞き手は、一生という単位で見ると、人生全体で消費を平らにならしているのだと納得していました。若いうちは借りて、中年で貯めて、老後に取り崩す、という流れです。だから短期の所得の上がり下がりだけでは、消費の動きは説明できない、というのが動画の結論です。
(補足:自作の数値例です。40年間、年収500万円で働き、退職後の20年は収入がないとします。生涯所得は500×40=20,000万円で、60年で割ると毎年約333万円ずつ使えます。現役のあいだは毎年約167万円を貯め、貯蓄は約6,667万円。これを老後の20年で取り崩す計算です。利子や若いころの借り入れは省いた、いちばん単純な例です。)
第2の仮説:恒常所得仮説
2つ目は恒常所得仮説で、消費は恒常所得に依存するという考え方です。動画は所得を2つの性質に切り分けます。毎月の給料のように、長期にわたって得られる平均的な所得が恒常所得。一度きりの減税や、景気の変動で一時的に得られる所得が変動所得です。この仮説では、消費は、一度きりの所得の変化ではなく、長期的に得られる平均所得、つまり恒常所得で決まると考えます。
そこは納得できません。政府から一度きりの減税でお金が戻ってきたら、つい奮発していい焼肉に行きませんか?
焼肉には行くかもしれません。でも、翌日から毎日焼肉を食べますか? 家賃が数万円高いマンションに引っ越しますか? 一時的な贅沢はノイズのようなもので、食費や家賃といった持続的な生活水準は、長期の平均所得にがっちり固定されているんです。
聞き手は、短期のデータがぶれて見えたのは、その一時的なノイズに振り回されていた部分があるからで、長期的には恒常所得に合わせて人は消費のベースを作っているのだ、と整理していました。
(補足:たとえば10万円の臨時の給付を、今後10年にわたって均して使う人なら、1年あたりの消費の増加は1万円です。恒常所得仮説の考え方では、変動所得が消費に与える影響は小さくなります。動画の焼肉のような「少し奮発する分」が出るかどうかは、人や状況によってちがいます。)
第3の仮説:相対所得仮説とラチェット効果
ここまでは自分の収入だけを基準に考えてきましたが、人間はそんなに孤立した存在ではありません。3つ目は相対所得仮説で、消費量は、現在の所得だけでなく、過去や他者の消費量の影響も受けるという考え方です。動画は、これを大きく2種類に分けます。
1つ目は時間的相対所得で、現在の消費量が過去の消費量に影響を受けます。たとえば、これまで順調に給料をもらっていた人が、不運にもリストラされて短期的に所得が減ったとします。それでも、住んでいるマンションの家賃は急には下げられません。つまり、所得が減っても消費を急には減らせないのです。
ガラケーからスマホに買い替えたときの感覚に似ていますね。一度スマホの便利さを知ったら、お小遣いが減ってもスマホ代だけは払い続けるというか。
非常に的確なたとえです。一度上がった生活水準から後戻りできない現象を、歯車が一方向にしか回らない仕組みになぞらえてラチェット機構と呼び、この効果をラチェット効果といいます。
(補足:自作の数値例です。所得が500万円のとき消費が450万円なら、平均消費性向は0.9。所得が400万円に下がっても消費が450万円のままなら、450÷400=1.125となり、消費が所得を上回って、貯蓄を取り崩す形になります。実際の消費はここまで固定されるわけではなく、動画も「急には減らせない」という言い方でした。)
デモンストレーション効果:周りの目が消費を押す
2つ目は空間的相対所得です。個人の消費は、同じ社会の人の消費水準にも影響される、という考え方です。周りが買っているのに自分だけ消費を減らすわけにはいかない、と考えて、無理をしてでも消費を続けてしまう。聞き手は、隣の家が新しい車を買ったから、うちもそろそろ、という心理だとたとえていました。
この、見栄や世間体による効果をデモンストレーション効果と呼びます。聞き手の整理では、過去の自分との戦いがラチェット効果、ご近所さんとの戦いがデモンストレーション効果です。講師も、どちらも消費を下げさせない強烈な粘りを持っている、と応じていました。
(補足:一般に、ライフサイクル仮説はモディリアーニ、恒常所得仮説はフリードマン、相対所得仮説はデューゼンベリーの名と結びつけて覚えられています。動画では提唱者の名前は出てきませんでした。)
関連知識:メニューコストと価格の硬直性
動画は、売る側にも同じような「粘り」があるとして、試験対策として押さえたい補足知識にメニューコストを挙げます。価格や賃金などを変えるときにかかるコストのことです。たとえば定食屋さんで、材料費が少し下がったからといって、すぐにメニュー表を貼り直して値下げするでしょうか。印刷代や手間を考えると、値上げも値下げもなかなか踏み切れません。このコストが高いと、価格の硬直性が大きくなる、という説明です。
動画は、消費者がラチェット効果で生活水準を硬直させるように、企業もメニューコストのせいで価格を硬直させる、とつなげています。(補足:メニューコストは消費の3大仮説の1つではありません。動画の最後の振り返りでは3つの仮説と並べて挙げられていますが、価格が変わりにくい理由を説明する別の概念で、価格の硬直性を説明する、ニュー・ケインジアン経済学の考え方の一つです。)
動画の問いかけ:自分の買い物を分析してみよう
動画は最後に、最近した大きめの買い物を思い出してほしいと問いかけます。それは一生の計画に基づいたものか、過去の生活水準から抜け出せないラチェット効果か、周りの人の目に影響されたデモンストレーション効果か。次にお財布を開くときに、自分の行動を分析してみてください、というメッセージです。
まとめ
- ケインズ型消費関数(絶対所得仮説)は C=c(Y−T)+C0。基礎消費C0があるので、所得が上がると平均消費性向は下がる。短期では当てはまった。
- 長期の統計では消費の割合がほぼ一定で、クズネッツ型(C=cY)になる。この短期と長期のずれが謎だった。
- ライフサイクル仮説:消費は生涯所得に依存し、人生全体で消費を平らにならす。
- 恒常所得仮説:消費は長期の平均である恒常所得に依存し、一時的な変動所得にはあまり動かされない。
- 相対所得仮説:時間的にはラチェット効果(過去の消費に縛られる)、空間的にはデモンストレーション効果(周りの消費に縛られる)。
- メニューコストは、価格や賃金を変えるコストで、高いほど価格の硬直性が大きくなる(消費の3大仮説とは別の概念)。
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