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景気循環とフィリップス曲線(別バージョン)

経済学・経済政策 第27回

経済学・経済政策・マクロ経済学 00716分37秒2026年3月26日公開

「明日、あなたの上司が急にやってきて、来月から君の給料を5%アップするよなんて告げたとします。でも、もしその昇給が単なる数学的な錯覚で、実はあなたの生活が以前より貧しくなっている可能性があるとしたらどうでしょう」。動画はこんな問いかけから始まります。このページでは動画の流れにそって、景気循環の4つの波と、フィリップス曲線、自然失業率、貨幣錯覚、自然失業率仮説をまとめました。まず動画を聞いて、あとからここで復習するのがおすすめです。

昇給5%が「錯覚」かもしれない?

動画は、こんな想像から始まります。明日、上司が来月から給料を5%上げると告げたら、うれしいですよね。でも、その昇給が数学的な錯覚で、実は生活が前より苦しくなっているとしたら……。経済の話は数式の羅列に見えがちですが、聞き手は、実は私たちの給料や雇用を支えるルールの話だ、と言い換えます。

この回は、大きく2つの話でできています。前半は、経済が波を描いて動く景気循環の話、後半は、賃金・物価・失業の関係を表すフィリップス曲線の話です。この記事では、「何が動くのか」と「いつまで続くのか」に注目して整理します。

景気循環は「国民所得の波」

動画では、景気循環を「国民所得が周期的な変動をくり返すこと」と説明しています。ずっと一直線に成長するのではなく、調子のよい時期と悪い時期の波をくり返す、ということです。聞き手の言い換えでは、波の山から始まって、谷に落ち、また山へ登る。これで一周期です。

国民所得が谷から山へ向かう活気のある局面を拡張期、山から谷へ向かう局面を後退期と呼びます(動画の自動字幕では「拡張機」「交代機」と表示されることがありますが、拡張期・後退期のことです)。

4つの波は「何が動くか」で覚える

動画が強調するのは、波は1つではなく、波を起こす原因によって周期がまったく違うという点です。試験でも出る代表的な波は4つで、「原因と長さをセットで覚える」のがコツだとされています。

キチン原因:在庫投資約40か月ジュグラー原因:設備投資約10年クズネッツ原因:建設活動約20年コンドラチェフ原因:イノベーション約50年
棒の長さは周期の比(1年あたり同じ長さ)。コンドラチェフの波はキチンの波の15倍です。

動画の説明を、表にまとめます。

波原因と周期動画の説明
キチンの波在庫投資・約40か月減産が遅れて在庫が積み上がる
ジュグラーの波設備投資・約10年機械は使い切るまで使う
クズネッツの波建設活動の変動・約20年工事に時間がかかる・世代交代
コンドラチェフの波イノベーション・約50年技術が社会に浸透する時間

キチンの波では、動画は「情報のタイムラグ」を理由に挙げます。売れ行きが落ちたことに現場が気づいて生産ラインを止めるまでの間に、倉庫には在庫が積み上がります。その在庫が売れて空になり、生産を増やす判断をして元に戻るまでが一巡、というのが動画の説明です。

コンドラチェフの波については、聞き手が「50年は長すぎませんか」と疑問を挟みます。これに対して講師は、ここでのイノベーションは新商品の発売ではなく、蒸気機関や電力のように社会のインフラを根底から変える技術のことだ、と答えます。発明から社会全体が使いこなすまでに約50年かかる、という見方です。

発明された瞬間の波、というわけではないんですね。

そういうことです。社会全体がその技術に染まりきるまでのプロセスを測っているわけです。

(補足:動画は「3年半くらい」と言っていますが、40か月は 40÷12=約3年4か月です。また、周期はどれも「約」の目安で、資料や推計によって幅があります。クズネッツの波は建物の建て替え需要による「建築循環」、コンドラチェフの波は「長期波動」とも呼ばれます。自動字幕で「クズ熱」と出る語は、クズネッツのことです。ジュグラーは7〜11年、クズネッツは15〜25年、コンドラチェフは40〜60年とされる資料もあります。)

動画の整理:4つの波

  • 在庫=キチン(約40か月)
  • 設備=ジュグラー(約10年)
  • 建設=クズネッツ(約20年)
  • イノベーション=コンドラチェフ(約50年)

波は私たちの給料にどう効く?

動画は、ここで視点を少しミクロに寄せます。マクロ経済の指標どうしの関係を示すのがフィリップス曲線です。動画の説明では、約100年分の統計データを分析して作られたもので、名目賃金の上昇率と失業率の間に負の相関があることを示す曲線です。

負の相関は、一方が上がれば他方が下がるシーソーのような関係のことです。名目賃金とは、物価を考えない額面そのままの給料です。景気がよくて人手不足になれば、企業は人を引き抜いたり引き止めたりするために高い給料を出します。逆に失業者があふれていれば、給料を上げなくても働きたい人はいくらでもいるので、賃金は上がりません。

(補足:原典は、A.W.フィリップスが1958年に発表した論文で、英国の1861〜1957年のデータ(約100年分)を使っています。)

賃金が上がると、物価も上がる

名目賃金が上がることは、企業から見れば人件費というコストが上がることです。企業はそのコストを回収するために商品の値段を上げるので、名目賃金の上昇率と物価の上昇率には正の相関があります。聞き手のたとえでは、ラーメン屋さんの時給が上がれば、ラーメン一杯の値段も上がる、という具合です。

① 賃金版:名目賃金の上昇率と失業率失業率が低いほど賃金上昇率は高い(右下がり)② 賃金が上がる=人件費が上がる企業は価格に上乗せ → 賃金と物価は同じ向きに動く③ 縦軸を物価上昇率に置き換える物価版フィリップス曲線(失業率と物価上昇率)
賃金と物価が連動するから、縦軸を入れ替えても同じ形の曲線になる、という流れです。

だから縦軸を「名目賃金の上昇率」から「物価の上昇率」に置き換えられます。これが物価版フィリップス曲線で、縦軸に物価上昇率、横軸に失業率をとった右下がりの曲線になります。インフレ率が高いときは失業率が低く、インフレ率が低いときは失業率が高い、という関係です。

動画では、この曲線が、縦軸の物価上昇率が0になる点と交わるところの失業率を自然失業率(記号はUN)と呼びます。物価が全く上がらない安定した状態の失業率、という整理です。

失業率は、なぜゼロにならない?

経済がベストなら失業率は0%のはず、と思うかもしれません。動画は、経済学では自然失業率の状態こそが完全雇用状態であるとされる、と説明します。ではなぜ失業者がいるのか。動画が挙げるのは摩擦的失業です。

たとえば求人が1,000件、職を探している人も1,000人いて、数はぴったり合っているとします。それでも、会社を辞めた人が翌朝には新しい職場で働いているわけではありません。履歴書を書き、面接を受け、引っ越すかもしれない。人と会社がマッチングするまでの「摩擦」の期間は必ず発生します。前向きなキャリアアップのための転職活動中も失業にカウントされるので、経済が健全でも数%の失業者は常にいる、というのが動画の説明です。

景気がふつうのとき摩擦的構造的自然失業率景気が悪いとき摩擦的構造的循環的失業率全体
自然失業率は摩擦的+構造的。景気の悪さによる循環的失業は、その上に乗る分です(長さはイメージ)。

(補足:動画が挙げたのは摩擦的失業だけですが、自然失業率は、摩擦的失業と構造的失業(産業や技術の変化で、求められる能力と求職者の持つ能力がかみ合わない失業)の水準に対応するものと整理されます。景気の悪さで生じる循環的失業は含みません。完全雇用の定義は、資料により説明が異なることがあります。)

(補足:動画の「物価上昇率が0のときの失業率」は、人々が物価の上昇を予想していない場合の説明です。物価上昇を予想に織り込む場合の自然失業率は、実際の物価上昇率と予想が一致する失業率として定義されます。)

「インフレで失業ゼロ」の裏技は使えるか

右下がりの曲線を見て、動画では聞き手が「裏技」を思いつきます。政府がお金をどんどん刷って物価を上げ続ければ、失業率は自然失業率の壁も突破して、限りなくゼロに近づくのでは、というのです。講師は、かつての経済学者や政策立案者も同じことを考えた、と受けます。

これに真っ向から異議を唱えたのが、ミルトン・フリードマンを中心とする経済学者たちです。動画では、彼らの立場をマネタリズムと紹介し、マネーサプライ(世の中に出回るお金の量)が景気や物価を決めると考える立場として説明しています。マネタリストは、フィリップス曲線が右下がりになるのは短期的な話にすぎないと主張しました。そのカギが貨幣錯覚です。

貨幣錯覚とは、名目の変化を実質の変化と取り違えてしまうことです。動画では、冒頭の「昇給5%」がこれにあたる、と説明されます。額面の数字だけを見て喜ぶのが錯覚ですが、政府が起こしたインフレで卵も牛乳も同時に5%値上がりしていたら、実質賃金は 1.05÷1.05−1=0 で、1円も増えていません。

① 昇給5%・物価5%上昇額面は増えるが、実質賃金は 1.05÷1.05−1=0%② 錯覚している間よく働き、よく使う → 失業率は一時的に下がる③ 錯覚がさめる賃上げ要求・採用の抑制 → 失業率はもとの水準へ
名目の数字に喜んでいる間だけ、失業率は下がります。

動画の流れはこうです。人々は名目賃金の上昇を実質賃金の上昇だと勘違いして、喜んで残業し、お金も使います。聞き手は、企業も商品が高く売れるのでもっと人を雇おうとする、と続けます。こうして失業率は一時的に自然失業率より下がります。ところが、聞き手が「半年もすれば気づく」と言うように、やがて「給料が増えたはずなのに生活が楽にならない」と気づき、錯覚がさめます。講師の説明では、錯覚が解けた労働者は物価が上がった分の賃上げを要求し、企業は採用を止めて人員整理に動き、失業率は自然失業率の水準に戻ってしまいます。

自分で数字を確かめてみましょう。月給30万円が5%上がると31万5,000円です。物価も5%上がっていれば、31万5,000円÷1.05=30万円で、買えるものは昇給前と同じです。実質賃金の増減率は、(1+名目賃金上昇率)÷(1+物価上昇率)−1 で求められます。

名目賃金物価実質賃金の増減
+5%+5%0.00%
+3%+2%+0.98%
+2%+4%−1.92%

(補足:この表は動画にない、自作の設例です。簡易的には「名目賃金上昇率−物価上昇率」でおおよその値が出ますが、上の式のほうが正確です。)

(補足:動画では聞き手が「企業側も、実質的な人件費が安くなっていると思って人を雇った」と言い、講師が受けています。教科書的な自然失業率仮説(フリードマン)では、錯覚しているのは主に労働者側です。企業は自社製品の値上がりを知っているので、実質賃金が下がったと正しく見て採用を増やします。労働者は物価上昇に気づくのが遅れ、名目賃金の上昇を実質の上昇と取り違えて働く量を増やします。動画の「企業側も」は、この企業の採用拡大を指すものと受け止めてください。)

長期では、フィリップス曲線は垂直になる

錯覚がさめて失業率が戻り、またインフレを起こして一時的に下がり、また戻る。これを長い目で見ると、自然失業率の地点から真上に伸びる垂直な直線になります。動画はこれを長期フィリップス曲線と呼び、縦軸のインフレ率をどれだけいじっても、横軸の失業率は自然失業率から動かないと説明しています。

物価上昇率失業率長期:垂直短期:右下がり自然失業率
短期は右下がり、長期は自然失業率で垂直。これが自然失業率仮説の形です。

この説を自然失業率仮説といい、長期的にはインフレ率と失業率の間にトレードオフの関係は存在しない、という結論になります。聞き手は、インフレは一時的に元気にさせるカンフル剤のようなものか、と言い換え、講師が「ええ」と受けます。錯覚がさめれば元通り、ということです。

(補足:自然失業率仮説は、フリードマンが1968年に発表した論文「The Role of Monetary Policy」で知られます。フェルプスの研究とあわせて語られることもあります。人々がインフレを予想に織り込むと短期の曲線が上にずれ、失業率は自然失業率に戻る一方で、物価上昇率は高いまま、という説明が教科書にはよく見られます。)

動画のまとめ方:短期は右下がり、長期は垂直

短期では、インフレになれば失業率が下がるシーソーゲームが見られます。長期では、貨幣錯覚がさめるので失業率は自然失業率に戻り、長期フィリップス曲線は垂直です。動画はこれをメカニズムとして理解する大切さを強調していました。

ニュースの「名目」に気をつける

動画の最後は、リスナーへの問いかけでした。「歴史的賃上げ」と報じられるとき、あなたの購買力は本当に上がっているのか。数字の表面、つまり名目にとらわれず、その裏にある実質を見る視点が大切だ、というメッセージです。上の表のように、名目で2%上がっても物価が4%上がれば、実質は約−1.92%で下がります。賃金や売上の数字を見るときは、物価とセットで見る習慣を持ちましょう。

まとめ

  • 景気循環は、国民所得が周期的に変動すること。谷から山が拡張期、山から谷が後退期。
  • 動画の4つの波は、キチン(在庫・約40か月)、ジュグラー(設備・約10年)、クズネッツ(建設・約20年)、コンドラチェフ(イノベーション・約50年)。周期は目安。
  • フィリップス曲線は、もともと名目賃金の上昇率と失業率の負の相関。賃金と物価の連動で、縦軸を物価上昇率にした物価版にできる。
  • 物価上昇率が0のときの失業率が自然失業率。完全雇用でも、摩擦的失業などで失業率は0%にならない。
  • 短期のフィリップス曲線は右下がり。貨幣錯覚がさめれば失業率は自然失業率に戻り、長期では垂直で、トレードオフはない。
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