実用新案の無審査登録と技術評価書
経営法務 第43回
「自分の大切なアイデアや新しいビジネスを守ろうと思ったとき、普通は分厚い石の城壁を築くことを想像しますよね」。動画はこんな問いかけから始まります。このページでは動画の流れにそって、実用新案で図面が必須な理由、無審査登録主義、登録料の一括納付、実用新案技術評価書、特許への切り替えをまとめました。まず動画を聞いて、あとからここで復習するのがおすすめです。
特許が「石の城壁」なら、実用新案は「とりあえずの看板」
動画は、こんな問いかけから始まります。大切なアイデアや新しいビジネスを守ろうと思ったとき、普通は分厚い石の城壁を築くことを想像しますよね。知的財産権でいえば、特許がまさにその城壁です。あらゆる角度から厳密な審査を受けて、はじめて「ここは間違いなくあなたの領土」と国に認められます。強力な分、完成までには途方もない時間と労力がかかります。
ところが、いまのビジネスは数カ月で市場が変わることも珍しくありません。城壁が完成するころには、もうブームが終わっているかもしれない。そんなとき「完璧な城壁より、まず看板だけでも今すぐ立てたい」という場面に応えるスピード特化型の制度が、実用新案登録です。動画は、特許との違いを丸暗記するのではなく、「なぜそういう仕組みなのか」を戦略の目線で解き明かしていきます。論点は次の4つです。
- 図面は必須:実用新案は物品の形状等に関する考案を守る制度だから。
- 無審査登録主義と、登録料の一括納付(初回は第1〜第3年分)。
- 実用新案技術評価書:審査なしで登録された権利の暴走を止めるブレーキ。
- 実用新案登録から特許への切り替え(出願から3年以内)。
動画は、聞き手が「今までにない形状のコーヒードリッパー」を考案し、これを実用新案で守りたい、という設例で進みます。このページも、その流れにそってたどります。なお、実用新案法でいう「考案」は、特許でいう「発明」にあたる言葉です。
書類は特許と同じ顔ぶれ。でも「図面」は必須
出願のとき、特許庁長官に提出する書類は、願書、明細書、請求の範囲、要約書、図面です。ここまでは特許とほぼ同じラインナップだ、と動画は確認します。(補足:実用新案では、請求の範囲は正式には「実用新案登録請求の範囲」といいます。)
ところが設例の聞き手は、明細書に何千文字も費やして、ドリッパーの溝のカーブを「完璧な文章」で表現したので、図面は省略してもいいはずだと考えます。特許では図面は任意だと聞いているから、というわけです。これに対する答えは、「実用新案では、どれほど文学的な表現でも図面の省略は認められない」でした。
理由は、保護する対象そのものにあります。実用新案は物品の形状等に関する考案を対象にしています。聞き手が書いた「絶妙なカーブ」という言葉ひとつでも、本人が思い描く曲線と、審査官やライバル企業が思い浮かべる曲線は一致しません。言葉にはどうしてもごまかしや曖昧さが入りますが、図面に描かれた線は嘘をつけません。形を権利にするなら、図面で逃げ道をふさげ、というわけです。
言葉で完璧に説明できているなら、わざわざ絵を描かなくてもいいじゃないですか。
実用新案が守るのは物品の形状等に関する考案です。形そのものが勝負なので、文字情報だけでなく図面があって、はじめて考案を正確に、客観的にとらえられるんです。
(補足:動画にない話です。条文では、実用新案の保護対象は「物品の形状、構造又は組合せ」に係る考案とされています(実用新案法3条1項)。動画の「形状等」の「等」は、構造や組合せを含むと考えてください。製造方法のような方法や、材料そのもの、プログラム自体は、この制度の対象外とされています。一方、特許では、図面は必要な場合に添付するものとされています。)
審査は方式審査だけ:無審査登録主義
書類を出すと、まず方式審査が行われます。動画は、これを書類の不備のチェックと説明します。願書に必要な記載があるか、必須の図面がちゃんと添付されているか、といった手続の確認です。
ここで聞き手は、次はいよいよ「世界で初めてのものか、似たものはないか」を調べる本丸の審査だろうと予想します。しかし答えは「始まりません」。新規性や進歩性を深く調べる実体審査は行われず、そのまま登録されます。これを無審査登録主義といいます。審査官の厳しい目を完全にスキップする、遊園地のファストパスのようなものだ、とたとえられます。
なぜ、そんな大胆な仕組みを国は認めているのでしょうか。動画の答えは、市場のライフサイクルへの対応です。日用品や雑貨の形状のアイデアは、特許のように何年もかけて審査しているうちに、トレンドが過ぎ去ってしまいます。企業が求めているのは、3年後の完璧な権利ではなく、明日の新商品発表に間に合う権利なのです。
(補足:動画の単純化の訂正です。動画は方式審査を「形式面の審査」と説明しますが、実際には方式審査のほかに、保護対象になる物品の考案か、公序良俗に反しないか、請求の範囲などの記載が基本的な要件を満たしているか、といった基礎的要件の審査もあります(不備があれば補正命令が出ます。実用新案法6条の2)。動画のいう「中身の新規性などを調べない」は正しいのですが、「形式面だけ」とまでは言えません。)
ここまでの特許との違いを、動画で出てきた点を中心に表にまとめます。
| 項目 | 特許 | 実用新案 |
|---|---|---|
| 図面 | 任意と聞く(動画) | 必須 |
| 実体審査 | あり | なし(無審査登録主義) |
| 登録料 | (動画では触れず) | 出願と同時に初回3年分 |
| 存続期間(補足) | 出願から20年 | 出願から10年 |
(補足:存続期間は動画にない話です。特許権は出願の日から20年(特許法67条)、実用新案権は出願の日から10年(実用新案法15条)とされています。また、無審査で登録された権利は、登録後に無効審判で無効にされることがあります。「登録された」ことは、権利が有効だという保証にはなりません。)
登録料は出願と同時に、3年分まとめて
聞き手は、実体審査を飛ばすなら料金の払い方も変わるのではと考え、「レストランで注文と同時にお会計する前払い制のようなものか」とたとえます。動画も「まさにその通り」と答えます。実用新案では、登録料を出願と同時に納付します。
しかも、初回に限り第1年度から第3年度分を一括して納付しなければなりません。動画はこれを、審査を省略してすぐ権利の看板を立てさせてあげるのだから、最初の3年間の場所代は出願時にまとめて払ってね、という合理的なトレードオフと説明します。企業側も、ちまちま払う手間が省けてスピード感に合います。納付すると、実用新案権の設定登録がスピーディに行われ、所定の事項が実用新案公報に掲載されて、世の中に公表されます。
暴走を止めるブレーキ:実用新案技術評価書
入り口がノーチェックなら、悪用もできてしまいます。聞き手は、わざと意地悪な設例を出します。文房具店で売っているごく普通の六角形の鉛筆の図面を出願すれば、方式審査をパスして登録される可能性が高いのではないか。そうして全国の文房具メーカーに「これは私の権利だ、製造を止めろ、嫌なら莫大なライセンス料を払え」と警告状を送れば荒稼ぎできてしまう、パテント
講師は、ここでこの制度に組み込まれた強力なブレーキが働くと答えます。鍵は実用新案技術評価書です。出願された考案の新規性や進歩性などについて、特許庁の審査官が実用新案登録の有効性を評価した書類のことです。入り口はノーチェックでも、あとから「この権利は有効か」を公式に判定できる仕組みです。動画が挙げる決まりは次のとおりです。
- 誰が請求できるか:出願後であれば、いつでも誰でも請求できる。
- 第三者が請求したとき:特許庁長官から権利者本人に通知がなされる。
- 取り下げ:一度請求したら取り下げることはできない。「裏で話がついたから調査をやめて」はできない。
(補足:ただし、無効審判で無効にされた後や、実用新案登録に基づく特許出願をした後は、請求できません(実用新案法12条2項・3項)。また、技術評価の対象は、刊行物等に基づく新規性・進歩性、拡大先願、先願などに限られます(実用新案法12条1項)。)
脅された文房具メーカーの法務部が、特許庁に「あの権利はおかしいから評価してください」と請求できるわけですね。
その通りです。自分たちを攻撃してきた権利が本当に有効なのか、評価を求めることができます。
そして動画が「一番の肝」と呼ぶのが、権利を行使するときの条件です。実用新案権者が権利を行使するとき、つまり侵害者に差止請求や損害賠償請求をするときは、この技術評価書を提示して警告した上でなければならない、と動画は説明します。いきなり訴えたりお金を要求したりはできず、特許庁が発行した「この権利は確かに有効だ」というお墨付きを見せなければ、何のアクションも起こせません。看板を立てるのは簡単でスピーディですが、その看板で他人を攻撃するなら、本物であることを自分で証明しなければならない、というわけです。
動画では、評価書を提示しないまま請求すると、逆に損害賠償請求をされる可能性がある、とも説明されます。不当な権利行使によって相手のビジネスを邪魔したとして、重いペナルティを受けるリスクがある、という話です。
(補足:動画の説明を条文の形に直しておきます。実用新案権者は、技術評価書を提示して警告した後でなければ、その権利を行使できません(実用新案法29条の2)。そのうえで、権利を行使した後にその登録が無効と確定した場合、技術評価書(否定的な評価を除く)に基づいて行使したときや、相当の注意をもって行使したときを除き、相手に与えた損害を賠償する責任を負うとされています(同法29条の3)。権利行使だけでなく警告も対象です。つまり、賠償責任の中心は「評価書の提示がなかった」こと自体ではなく、「無効になる権利を、注意を尽くさずに行使した」ことにあります。また、技術評価書は評価を示すものであり、評価が否定的でも、権利が自動的に消えるわけではありません。権利を消すのは無効審判です。動画の「無効だと評価されているのに無視して請求したら」は、こうしたリスクの話と理解するとよいでしょう。)
大ヒットしたら特許へ:3年以内のセーフティーネット
最後の論点は、ビジネスの成長にあわせて権利の形をアップグレードできるか、です。最初は「とりあえずの看板」のつもりで実用新案で登録したコーヒードリッパーが、思いのほか世界的な大ヒット商品になったとします。この先20年は業界のスタンダードになりそうだ、となると、時間をかけてでも強固な城壁である特許にしておけばよかったと後悔しそうです。
ここで動画が示すのが、セーフティーネットです。実用新案登録出願から3年以内であれば、すでに実用新案登録された後であっても、その実用新案登録に基づいて特許出願をすることができる、とされています。
動画は、これを現代の戦略として評価します。最初は無審査のスピードと低いコストを生かして、実用新案で素早く市場に参入し、反応を見る。大ヒットの兆しが見えたら、3年以内に特許へ移行する。限られた予算で戦う中小企業にとっては、素晴らしいオプションだ、という整理です。
(補足:この制度は法律上「実用新案登録に基づく特許出願」と呼ばれ、規定は特許法46条の2にあります(実用新案法ではありません)。出願から3年以内でも、権利者自身が技術評価を請求した後や、第三者の請求の通知から30日を過ぎた後などはできません。また、切り替えるときは実用新案権を放棄する必要があります。試験対策としては、まず「出願から3年以内なら、登録後でも特許出願できる」を押さえ、細部は条文で確認してください。)
動画の締めくくりは、思考実験でした。3DプリンターやAIによるデザインが当たり前になり、物の形のライフサイクルが数年どころか数日、数時間に縮まったら、無審査でスピード登録できる実用新案は最強の武器になるのか、それとも形を守ることの意味が変わるのか。試験の論点ではありませんが、制度の仕組みがわかると、身の回りの日用品の見え方も変わってきます。
まとめ
動画の整理:「スピード」と「ブレーキ」のセット
- 動画は、実用新案を「スピード優先の看板」、特許を「時間をかけた城壁」という対比で整理しています。
- 動画では、スピードの仕組みが「図面必須・実体審査なし・登録料の前払い」、ブレーキが「技術評価書の提示と警告」「特許への切り替え」とされています。
- 動画では「形式面だけの方式審査」と説明されますが、実際には基礎的要件の審査もあります(補足)。
- 動画の「評価書を提示しないと請求できない」は、条文では「提示して警告した後でなければ権利を行使できない」です。賠償責任は、無効が確定した場合の相当の注意の有無が問われます(補足)。
この回のまとめ
- 実用新案は、物品の形状等に関する考案を守る制度。出願書類は特許と同じ顔ぶれだが、図面は必須。
- 方式審査だけで、新規性・進歩性を調べる実体審査を行わずに登録される(無審査登録主義)。
- 登録料は出願と同時に納付し、初回は第1〜第3年分を一括。設定登録されると実用新案公報に掲載される。
- 技術評価書の請求は、出願後いつでも誰でもでき、取り下げ不可。第三者の請求は権利者に通知される。
- 権利を行使するには、評価書を提示して警告することが前提。守らずに権利行使すると、賠償のリスクがある。
- 実用新案登録出願から3年以内なら、登録後でも特許出願に切り替えられる。
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