架空の線は思考実験:割安感とお金持ち気分を分けるスルツキー分解
経済学・経済政策 第4回
「価格が変わったとき、なぜ私たちの買い物かごの中身が変わるのか」。動画は、これをグラフ上の点の移動ではなく、消費者の頭の中で起きていることとして紐解く、と語りかけて始まります。このページでは動画の流れにそって、予算線と無差別曲線の言い換え、スルツキー分解の4ステップ、代替効果と所得効果、所得弾力性による財の分類、ギッフェン財をまとめました。まず動画を聞いて、あとからここで復習するのがおすすめです。
グラフを見ずに、耳だけでスルツキー分解をつかむ
動画は、運転中や家事の合間に音声を聞いている人に向けて、こう切り出します。「価格が変わったとき、なぜ私たちの買い物かごの中身が変わるのか」。これをグラフ上の点の移動として覚えるのではなく、消費者の頭の中で何が起きているのかという視点でほどいていく、というのが動画のねらいです。
動画では、このプロセスを順に理解できれば、一次試験の得点力につながるだけでなく、将来コンサルタントとして企業の価格戦略を助言するときの武器にもなる、と話されています。扱うのは、代替効果と所得効果、そして所得の変化に対する財の分類(上級財・中立財・下級財)、さらに価格が下がったのに消費が減るという珍しいケースです。
まず言葉を翻訳する:予算線は「お財布の限界」
動画は専門用語を身近な言葉に置き換えるところから始めます。予算線は「現実の壁、つまりお財布の限界」です。持っているお金で買える財の組み合わせの限界を示す直線で、動画の例では、1,000円を全部牛肉に使うか、全部豚肉に使うか、あるいはその間の組み合わせか、という限界のラインです。
無差別曲線は、聞き手が「満足度の温度計」と言い、講師が「ぴったり」と応じる形で説明されます。消費者の好みの組み合わせを示すカーブで、たとえば牛肉3と豚肉1のときの満足度と、牛肉1と豚肉4のときの満足度が全く同じなら、その2点は無差別です。曲線上のどこにいても、幸せの度合いは変わりません。予算線が「財布の限界」なら、無差別曲線は「同じだけ幸せを感じるライン」というわけです。
魔法の4ステップを耳で追う
動画では、横軸の財を牛肉にして、「ある日スーパーに行ったら牛肉がぐっと安くなっていた」という場面から入ります。牛肉の消費量がX1から最終的にX3へどう変化するかを、4つのステップで追います。
ステップ1は、価格が変わった後の新しい予算線を引くことです。牛肉が安くなれば、同じ予算でも牛肉をより多く買えます。そのため、グラフの横軸の牛肉の方向に予算線が外側へ広がります。聞き手は「扇子を片方だけバッと開くようなイメージ」と言い換え、講師は「まさにそれです」と応じます。
ステップ2は、ステップ1の新しい予算線に平行で、元の無差別曲線に接する直線を引くことです。ステップ3で、元の無差別曲線とこの架空の直線が接する点をX2とします。ステップ4で現実に戻り、ステップ1で引いた新しい予算線と、より高い満足度を示す無差別曲線が接する点をX3とします。
なぜ「架空の線」を引くのか:思考実験
ここで動画は、ステップ2にいちばん疑問を持ちやすいことを正面から取り上げます。
ちょっと待ってください。ステップ2の「平行で接する直線」は、現実には存在しない架空の線ですよね。私たちの買い物で架空の予算なんて考えないのに、なぜ急にこんな複雑な線を引くのですか?
まさにそこが、多くの受験生がつまずくポイントであり、同時に経済学のいちばん面白い思考実験の部分なんですよ。
動画の答えはこうです。架空の線を引くのは、消費者の頭の中で起きている2つの異なる感情をスパッと切り離して分析するためです。牛肉が安くなったとき、消費者は同時にこう感じます。
- 割安感:豚肉より牛肉のほうが割安になったぞ、という気持ち。
- お金持ちになった感:手元のお金が余って、少し豊かになった気分だぞ、という気持ち。
この2つを分けるための「メス」が、架空の線です(聞き手が「メスを入れる作業」と言い換え、講師が「その通りです」と応じます)。動画の言い方では、「牛肉が安くなった新しい価格比率の世界で、あなたの満足度を元の無差別曲線のまま保つとしたら、予算はどれくらいで済みますか」というシミュレーションにあたります。傾きは新しい予算線のまま、元の満足度にちょうど接するよう内側へずらした線、というわけです。
3つの点をグラフと数字で確かめる
頭の中に、スタート地点のX1、架空のシミュレーション地点X2、現実のゴールX3の3つの点が並べば準備完了です。動画では数字を使いませんが、イメージしやすいように、自作の設例で数字を入れてみます。
(補足:ここからは動画にない、自作の設例です。1,000円の予算で、豚肉は1単位100円のまま、牛肉の価格が1単位200円から100円に下がったとします。好みは「牛肉と豚肉に半分ずつお金を使いたい」タイプとし、満足度の大きさは牛肉と豚肉の量を掛け合わせた値の平方根で表せるものとしました。Pythonで検算した結果は次のとおりです。)
| 点 | 牛肉 | 豚肉 |
|---|---|---|
| X1(値下げ前の購入) | 2.5 | 5 |
| X2(架空の線上の購入) | 約3.54 | 約3.54 |
| X3(値下げ後の購入) | 5 | 5 |
X2は、新しい価格のもとで元の満足度を保つ購入です。このとき必要な予算は約707円で、現実の1,000円より少なくて済みます。この設例の好みでは、豚肉は結局もとの5に戻っています。ただし、これは設例の好みによる偶然で、いつもそうなるわけではありません。
代替効果と所得効果:同じ曲線の上と、予算が余った分
では、点と点の差の意味に進みましょう。まず、X1からX2への動きが代替効果です。動画の説明では、先ほど取り出した純粋な割安感による行動の変化で、グラフでは同じ無差別曲線の上、つまり同じ満足度の中での動きになります。牛肉が相対的に安くなれば、消費者は満足度が同じなら、相対的に高くなった豚肉を減らして、安くなった牛肉に乗り換える、という合理的な判断をします。
動画は、ここを「試験で絶対に間違えてはいけない鉄則」としています。動画では、代替効果は安くなった財の消費量が必ず増える、つまりX2はX1より右側に来る、例外のないプラスの変化だと説明されます。
(補足:代替効果は、安くなった財の消費を減らす方向には働きません(0以上)。無差別曲線がなめらかに凸なふつうの形なら必ず増え、左右の財をセットでしか使わないL字型の無差別曲線のように角がある場合は0になります。試験では、動画の通り「安くなった財の代替効果はプラス」と押さえて問題ありません。)
次に、X2からX3への動きが所得効果です。ステップ2の架空の線から、ステップ1の新しい予算線へ、平行に動く間の変化にあたります。価格の比率による割安感はもう考慮し終わっているので、ここでは「牛肉が安くなって財布に余った分」だけを見ます。実質的に所得が上がったのと同じ状態で、この余ったお金で何を買うか、という問いへの消費者の答えが所得効果です。
代替効果に所得効果を足したスタートからゴールまでの全体の変化が価格効果です。設例では、代替効果が約+1.04、所得効果が約+1.46で、合わせて+2.5になります(5−2.5です)。
所得弾力性で3つに分ける:上級財・中立財・下級財
所得効果の動き方には、人間の欲望のリアルが出ます。動画は、所得の変化に対する需要の反応の度合いを所得弾力性と呼び、その違いで財を上級財・中立財・下級財に分けます。景気が変動するときの企業の戦略が、この区別で大きく変わる、と説明しています。
上級財(別名:正常財)は、所得弾力性が0より大きい財です。お財布に余裕ができたら、もっと買いたくなる性質のものです。所得効果で消費量が増えるので、X3はX2よりさらに右に来ます。動画は、上級財をさらに2つに分けています。
- 所得弾力性が1以上のものを奢侈品(贅沢品)といいます。例は、ボーナスが出たからたまには豪華なディナーに行こう、というもの(聞き手が挙げる例)。
- 所得弾力性が0より大きく1より小さいものが必需品です。例は、お給料が上がったから、普段食べるお米を少し良いブランド米にしてみよう、あるいは量を少し増やそう、というもの(聞き手が挙げる例)。
中立財は、所得弾力性がちょうど0の財です。所得に関わりなく、いつも一定の消費をする財で、所得効果が0なので、X3とX2は同じ位置になります。例はトイレットペーパー(聞き手が挙げる例)です。年収が10倍になっても、1回のトイレで10倍の長さを巻き取るわけではない、という笑える説明がついています。
下級財(劣等財)は、所得弾力性が0より小さい、つまりマイナスの財です。お財布に余裕ができたら、逆に買わなくなる財で、所得効果がマイナスに働くので、X3はX2より左に引き戻されます。例は、お金がないときは節約のために買っていた、安いビール系飲料です(動画では「第3のビール」)。お給料が上がって余裕ができたら、普通のビールに替えるので、お金持ちになったことで消費が減ります。
動画は、ここにビジネスの視点を足します。景気が悪くなったと嘆く経営者に対して、もし自社の商品が下級財の性質を持つなら、不況の今こそチャンスだとアドバイスできる、という話です。(補足:これは所得が下がったとき需要が増える財、という定義から出てくる理屈です。実際の売上は価格や競合など、ほかの要因でも動くので、下級財だから必ず不況で伸びる、とまでは言えません。)
価格効果がプラスになる条件:通常の下級財まで
ここまでをまとめると、動画の整理では代替効果は必ずプラスで、所得効果は財によって変わる、という組み合わせになります。動画は、通常の下級財では、所得効果で少し消費が減るので、X3がX2から左へ戻るものの、最初の代替効果のプラス幅のほうが大きい、と説明します。割安で買う力のほうが強いので、全体の価格効果であるX1からX3への動きはプラスです。値段が下がれば、トータルでは少し多く売れます。
| 財の種類 | 所得効果 | 価格効果 |
|---|---|---|
| 上級財 | プラス | プラス |
| 中立財 | 0 | プラス |
| 通常の下級財 | マイナス(小さい) | プラス |
| ギッフェン | マイナス(大きい) | マイナス |
安くしたのに売れない?ギッフェン財
動画は、ここで経済学の常識を覆すレアケースを紹介します。
経済学には、常識を覆すレアケースが存在するんですよね。安くしたのに売れなくなる、経営者にとっての悪夢みたいな財が。
ええ、存在します。それが、下級財の中でもさらに極端な性質を持つギッフェン財です。
動画は、これを「超下級財」とも言い換えています(動画の言い換えで、試験用語ではありません)。下級財としての所得効果のマイナス幅、つまり買うのをやめる力が、価格が下がったことによる代替効果のプラス幅を完全に上回ってしまう、非常に珍しいケースです。動画は、これを消費者の心の動きでこう描きます。値段が下がって割安だから買おうかなと一瞬思うけれど、同時に実質的にお金持ちになった気分になり、こんなに余裕があるならこんな安物は買わず、もっと良いものを買おう、という見切りの力が勝ってしまう。
その結果、最終地点のX3が、代替効果を経たX2よりも左へ動くだけでなく、最初のスタート地点であるX1よりもさらに左に来ます。価格が下落したのに消費量が減る、という現象です。動画は、もしクライアントの商品がギッフェン財の性質を持っていたら、売上が落ちているからさらに値下げしましょう、という提案は致命的なミスになる、と話しています。
動画は、試験委員はこういう直感に反する引っかけが好きだとして、「ギッフェン財は価格が下がると価格効果がプラスになる」という選択肢が出たら、すぐに「マイナスだ」と見抜けるようにしてください、と呼びかけます。
(補足:動画の「値下げすればするほど売れなくなる」は、理論上の単純化として聞くのがよいでしょう。ギッフェン財は、下級財であることに加えて、所得効果が代替効果を上回るという条件が必要です。下級財ならすべてギッフェン財、というわけではありません。また、現実に存在するかは議論が続いています。中国の極貧家庭でコメがギッフェン財的に振る舞ったとする2008年の研究(JensenとMiller)がある一方、かつて例とされたアイルランド飢饉のジャガイモは後の研究で否定されています。試験では理論上の例外として扱われます。)
無料アプリは「現代の下級財」?動画の問いかけ
終盤で動画は、少し面白い問いを投げかけます。下級財やギッフェン財は、所得に余裕ができると買われなくなる性質がある。これを、無料の基本アプリと有料のプレミアム版に当てはめるとどうなるか、という問いです。
無料アプリは、お金という意味では究極の低価格ですが、代わりに広告を見せられて、私たちの時間という別の予算を使っています。そこで、お金だけでなく時間やデータという予算の概念でスルツキー分解を考えると、お金や時間に余裕ができたとき、私たちは無料アプリをあっさり捨ててプレミアム版へ移る、ということになります。動画では、そう考えると無料アプリは「現代のデジタル下級財」あるいはギッフェン財として全く違う見え方をしてくる、と言い、時間の予算が広がった瞬間に無料アプリの消費量がガクッと減る場面を、所得効果のマイナスが代替効果を上回る瞬間にたとえています。
これは、あくまで動画が考えた思考実験です。(補足:無料は価格が0なので、価格が下がって代替効果と所得効果が生まれる、というこのページの分解とは同じ形では当てはめにくい点に注意してください。)動画は、勉強に行き詰まったら、自分の買い物のレシートやスマホのアプリを見ながら「これは上級財かな」と考えてみるのも立派な試験対策になる、と締めくくっています。
補足:「スルツキー分解」の呼び名について
(補足:ここは動画にない話です。)動画のステップ2は、元の満足度(無差別曲線)を保つ架空の線を使います。この方法は「ヒックス分解」と呼ばれ、元の購入点X1をちょうど買える予算を使う方法が本来の「スルツキー分解」とされています。資料により、前者も「スルツキー分解」の名前で説明されることがあるので、試験では問題文の指示や図に従って考えてください。
先ほどの設例で、X1をちょうど買える架空の線を使った場合も計算しておきます。新しい価格では、X1の購入に750円かかるので、その線上での牛肉は3.75になり、代替効果は+1.25、所得効果は+1.25で、合計は同じ+2.5です。分け方は方法で違っても、合計の価格効果は変わりません。
まとめ
この動画のまとめ
- スルツキー分解の4ステップは、新しい予算線、架空の線、X2、X3の順。
- 架空の線は、割安感とお金持ちになった感を切り分けるための思考実験。
- X1→X2が代替効果(動画では必ず増える)、X2→X3が所得効果、X1→X3が価格効果。
- 動画では、所得弾力性で財を上級財・中立財・下級財に分け、X3の位置が右・同じ・左になるとしています。
- 動画では、下級財の所得効果のマイナスが代替効果のプラスを上回るギッフェン財だけ、価格効果がマイナスになるとしています。
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- 第1回 効用関数と無差別曲線経済学・経済政策(ミクロ経済学) 001
- 第2回 予算制約・需要曲線経済学・経済政策・ミクロ経済学 002
- 第3回 スルツキー分解と価格効果経済学・経済政策・ミクロ経済学 003
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