50%の達成確率と裁量こそやる気を生む科学的根拠
企業経営理論 第36回
「給料を上げたりオフィスをおしゃれにすれば、自分やチームのやる気は劇的に上がるはず。そう考えているなら、それは真のモチベーションを壊しているかもしれません」。動画はこんな問いかけから始まります。このページでは動画の流れにそって、アージリス、ハーズバーグ、マグレガー、達成動機の4つの理論と、目標管理(MBO)や職務充実との関係をまとめました。まず動画を聞いて、あとからここで復習するのがおすすめです。
給料を上げても、やる気は上がらない?
「給料を上げたり、オフィスをおしゃれにしたりすれば、自分やチームのやる気は劇的に上がるはずだ」。そう考えているなら、それは本当のモチベーションを、かえって壊しているかもしれません。動画は、こんな少し耳の痛い問いかけから始まります。
ごほうびをちらつかせて動かし、動かなければ罰を与える。この発想を飴と鞭といいます。直感的にはいかにも効きそうですが、動画は「なぜこれが機能しないのか」を、モチベーションに関する4つの代表的な理論から読み解いていきます。
- アージリス:人は未熟で依存的な状態から、成熟して自立した状態へと育ちたがる。
- ハーズバーグ:不満をなくす要因と、やる気を生む要因は別もの(動機付け・衛生理論)。
- マグレガー:人間観にはX理論とY理論がある。そこから目標管理(MBO)が有効だと説明される。
- 達成動機の理論:達成動機が強い人は、成功確率が50%前後の課題を好む。
どれも診断士試験の「企業経営理論」で、人的資源管理の定番として問われる理論です。名前と中身を結びつけながら、動画の流れにそって見ていきましょう。
ちなみに、ここで扱う理論は、大きく言えば、人は何によって動機づけられるのかを「中身」から考えるものです。誰が、どんな欲求を満たしたときに、やる気が出るのか。その答えを、4人の研究者がそれぞれの角度から出しています。ひとつずつ見ていくと、職場で「なぜあの人はやる気が出ないのか」を考えるときの、ものさしが増えていきます。
アージリス:人は「成熟したがる」生き物
最初に出てくるのはアージリスです。動画の説明では、人間は本能的に、未熟で依存的な状態から、成熟して自立した状態へと進化したがる生き物だとされます。アージリスは、1957年の著書『Personality and Organization』で、人のパーソナリティは受け身から能動へ、依存から自立へと、成熟に向かって発達すると考えました。
(補足:動画にない話です。アージリスは、成熟に向かう変化を7つの軸で整理しました。受け身から能動へ、依存から自立へ、短期的な視野から長期的な視野へ、下位の立場から対等以上の立場へ、といった変化です。図には、そのうち4つだけ載せました。)
ところが現実の組織は、仕事を細かく分けて、上司が管理を強めがちです。すると、成熟した大人としての欲求と、組織の求める振る舞いとの間にズレが生まれます。このズレがフラストレーションとなり、生産性の低下や対立の原因になる、というのがアージリスの見立てです。
そこで動画は、最初は単純な作業でも、徐々に仕事の種類を水平方向に広げていく職務拡大が効果的だと言われている、と紹介します。ここで聞き手が、鋭い疑問を挟みます。
ちょっと待ってください。仕事の種類が増えるだけだと、やらされ仕事が横に広がるだけで、忙しくなるだけではありませんか。
まさにそこが次の理論につながるところです。答えを出しているのが、ハーズバーグの動機付け・衛生理論です。
聞き手の疑問は、実は理論の核心を突いています。仕事を横に広げただけでは、人の成長したいという欲求は、十分には満たされません。その理由は、次のハーズバーグの理論でくわしく見ていきます。
ハーズバーグ:不満を消す要因と、やる気を生む要因は別もの
ハーズバーグ(アメリカの臨床心理学者)が唱えた動機付け・衛生理論(二要因理論)は、1959年の共著『The Motivation to Work』で発表されました。仕事で満足を感じたときと、不満を感じたときの出来事を調べると、原因になっている要因が別々だったのです。
衛生要因:不満を防ぐ要因
動画では、給料や人間関係といった要素を衛生要因と呼んだと説明されます。会社の方針と管理、監督のされ方、対人関係、作業条件(作業環境)、給与、身分、安全保障などが、これにあたります。これらは足りないと不満の原因になりますが、改善しても、不満がなくなるだけで、やる気には直結しません。
動画は、これをうまく言い表しています。衛生要因は、マイナスをゼロにする鎮痛剤であって、エネルギーを生み出すビタミン剤ではない、というたとえです。
(補足:動画にない話です。「衛生」という名前は、病気を防ぐ予防(衛生)の考え方から付けられたとされます。衛生要因を整えるのは、職場の不満という「病気」を予防するイメージです。やる気を直接つくるものではない、という点は動画のたとえと同じです。)
動機付け要因:やる気を生む要因
動画では、本当のビタミンにあたる動機付け要因は、より高い裁量や責任を与える、垂直方向の職務充実にあると説明されます。動機付け要因には、達成すること、承認されること、仕事そのもののおもしろさ、責任、昇進、成長の機会などが挙げられます。これらが満たされると、満足が高まり、やる気が生まれます。
給料を上げれば、みんなやる気を出すと思っていました。それは間違いですか。
間違いではありませんが、足りません。給料への不満が強いままだと、仕事に集中できませんから、整えることは大切です。ただ、それで満足が増えるわけではない、ということです。
なるほど。マイナスを消すところまでは役に立つんですね。
そうです。そこから先、やる気を伸ばすには、仕事そのもののおもしろさや、任される責任といった、別の要因が必要になります。
具体的に並べると、次のようになります。
| 衛生要因(不満を防ぐ) | 動機付け要因(やる気を生む) |
|---|---|
| 給与 | 達成すること |
| 会社の方針と管理 | 承認されること |
| 監督のされ方 | 仕事そのもの |
| 対人関係 | 責任 |
| 作業条件(作業環境) | 昇進・成長 |
試験の注目点:「満足の反対」は何か
ハーズバーグの理論の面白いところは、「満足」の反対が「不満足」ではない、という点です。
- 「満足」の反対は「満足がない状態」。動機付け要因が関わる。
- 「不満足」の反対は「不満足がない状態」。衛生要因が関わる。
- 給与や職場環境を良くしても「不満足がない状態」になるだけで、「満足」にはならない。
試験では、具体的な要因を並べて「衛生要因か動機付け要因か」を分類させる出題が定番です。給与、対人関係、作業環境、会社の方針は衛生要因。達成、承認、責任、仕事そのもの、成長は動機付け要因、と整理しておきましょう。
職務拡大と職務充実:横にふやすか、上に伸ばすか
ここまでの話で、動画の最初の疑問に答えが出ます。職務拡大は、仕事の種類をふやす、水平方向の変化です。いっぽう職務充実は、裁量や責任をふやす、垂直方向の変化です。
| 職務拡大 | 職務充実 | |
|---|---|---|
| 方向 | 水平(仕事の幅) | 垂直(仕事の深み) |
| 変わること | 担当する作業の種類・量がふえる | 計画や判断、責任が任される |
| 主な提唱者 | アージリス(動画の説明) | ハーズバーグ |
| 動機付けへの効果 | それだけでは限定的 | 動機付け要因を満たしやすい |
(補足:動画にない話です。職務拡大と職務充実の水平・垂直という整理は、人的資源管理の教科書で広く使われる整理です。職務充実では、仕事のひとまとまりを任せる、権限や自由度を広げる、といった点が重視されるとされます。ほかに、職務を計画的に入れ替えるジョブ・ローテーション(職務交替)もありますが、これは異動による経験の幅を広げる方法で、裁量そのものをふやすものではありません。)
RPGゲームでいうと
村の薬草集めとボス戦
動画は、RPG(ロールプレイングゲーム)にたとえます。職務拡大は、村長から頼まれる薬草集めのクエストの数を、ひたすらふやされるようなものです。確かに忙しくなりますが、単調な作業の繰り返しです。
職務充実は、より強いボスに挑むための権限や、戦略を練る裁量をもらうことです。これなら燃えます。レベル50の熟練プレイヤーに、いつまでもレベル1のスライムを倒させ続けたら、退屈どころか、ゲームそのものへの情熱を失ってしまいます。
動画はここで、裁量を与えて自分で考えさせる「ボス戦」を用意することが、人間の成長したいという欲求を満たす、不可欠な要素なのだと結論づけます。アージリスが言う成熟への欲求を、実際に満たすのが、ハーズバーグの職務充実だと言えます。
マグレガー:X理論とY理論
ここで聞き手は、もう一つ疑問を出します。ボス戦を用意すればいい、とは分かった。でも、そもそもボスと戦いたくない、安全にゴールドだけ稼ぎたいというタイプもいるのでは、と。個人の性格や目標が違うとき、どう向き合えばいいのでしょうか。
そこで登場するのが、マグレガーのX理論・Y理論です。マグレガーは、1960年の著書『The Human Side of Enterprise』で、管理者が部下について持つ人間観を、2つに分けました。
| X理論 | Y理論 | |
|---|---|---|
| 人間観 | 人は本来仕事が嫌いで、命令されないと働かない | 条件しだいで、自ら進んで責任を引き受け、自己実現を目指す |
| 有効な管理 | 命令・統制・賞罰で動かす | 目標に参加させ、自己統制を促す |
(補足:動画にない話です。X理論は、人は責任を避け、安全を望むものだ、という見方も含みます。マグレガーは、X理論が低次の欲求、Y理論が高次の欲求に注目した人間観だと整理し、Y理論にもとづく管理は「統合と自己統制による管理」だと唱えました。)
動画では、人間にはX理論的な側面とY理論的な側面がある、と説明されます。現代の職場では、Y理論の要素が強い人が多そうですね、と聞き手が言うと、講師も「多い」と答えます。
ここでの結論は明快です。自発的に動けるY理論的な人に対して、X理論的なマイクロマネジメントをすると、せっかくのやる気をつぶしてしまいます。成長したい人に「ああしろ、こうしろ」と細かい手順を指示するのは、逆効果なのです。
(補足:動画にない話です。マグレガー自身の理論では、X理論・Y理論は「人のタイプの分類」ではなく、「管理者が人をどう見ているか」という人間観の違いです。同じ人でも、管理者がX理論で接するか、Y理論で接するかで、引き出される行動が変わる、というのが本来の趣旨です。試験でも、人間観の理論として問われます。)
目標管理(MBO):目的地だけ共有して、地図は本人に描かせる
では、Y理論的な人をどう動機づけるのか。動画が答えとして挙げるのが、目標管理制度(MBO)です。細かいプロセスを管理するのではなく、会社が目指す目的地だけを明確に共有します。そこへ至る地図は、本人に描かせるのです。そうして初めて、企業の目標と個人の目標がリンクします。
(補足:動画にない話です。目標管理(Management by Objectives)は、ドラッカーが1954年の著書『現代の経営(The Practice of Management)』で広めた考え方で、本来は「目標と自己統制による管理」と呼ばれます。上司が一方的にノルマを割り当てるのではなく、本人が目標の設定に参加し、自分で進め方を決めて、自分で結果を振り返る、というところが特徴です。日本では、Y理論と相性のよい管理手法として説明されることが多い一方、実際の運用では、ノルマの押しつけになりがちだとも言われます。)
試験の注目点:理論と制度の組み合わせ
- X理論:命令・統制・賞罰の管理に結びつく人間観。
- Y理論:自己統制・自己実現を前提とし、目標管理などと相性がよい人間観。
- 目標管理:目標の設定に本人が参加する。進め方は本人に任せ、結果は本人が振り返る。
達成動機と「50%」の謎
動画の山場は、ここからです。資料には、達成動機の高い人は、50%程度の中程度のリスクを好む、と書いてあります。聞き手は、これがどうも納得できない、と食い下がります。達成欲がそんなに高いなら、100%のハイリスクハイリターンな、スタートアップ的なギャンブルを狙わないのか。コイントスのような50%の確率に、なぜ満足するのか、というのです。
達成欲が高いなら、一発逆転の大勝負に出そうなものです。50%で満足する理由が分かりません。
達成動機の高い人が求めているのは、運任せのギャンブルの勝利ではなく、自分の実力による成功だからです。
実力による成功、ですか。
成功する確率がとても低い状況は、外部の要因が強すぎて、自分のスキルでは結果をコントロールできません。逆に、確実に成功する課題は、退屈すぎます。
つまり、50%の成功確率は、自分の努力や工夫しだいで結果を勝ち取れる、最も絶妙な難易度なのだ、という説明です。しかも、そこで得られるフィードバックが、自分の成長を明確に証明してくれます。
(補足:動画にない話です。この考え方は、マクレランドとアトキンソンらの達成動機の研究にもとづきます。アトキンソンのモデルでは、成功を目指す傾向の強さは「達成動機の強さ × 成功の見込み(確率)× 成功したときの価値」で表されます。成功の価値は、難しい課題ほど高くなります。成功の見込みと価値を掛け合わせると、成功確率が50%のときに、積が最大になります。これが、グラフの山の頂上が50%になる理由です。)
(補足:動画にない話です。達成動機が強い人の特徴として、一般に、①適度に難しい目標を選ぶ、②結果のフィードバックを求める、③成功の責任を自分で負いたがる、の3つが挙げられます。マクレランドは、人の欲求を達成・権力・親和の観点から整理したことでも知られます。ほかに、失敗を避けたい気持ちのほうが強い人は、50%付近の課題をむしろ避け、とても簡単か、とても難しい課題を選びやすいとも予想されています。)
動画の言い回しに注意:「100%のハイリスク」
動画では、100%のハイリスクなスタートアップ的ギャンブルと言い、あとで「100%の確実な成功は退屈」とも言っているため、同じ「100%」の意味が食い違って聞こえます。正しくは、ハイリスクな課題は「成功する確率が低い」課題です。そして成功確率が100%に近い課題は「確実な成功」の課題です。グラフでは、左端(0%)に近い側が大博打、右端(100%)に近い側が確実すぎる課題にあたります。
試験の注目点:紛らわしい語の取り違え
- アージリスの「成熟」は、人格の発達の話。リーダーシップのSL理論に出てくる、部下の「成熟度」とは別もの。
- 職務拡大は水平、職務充実は垂直。「職務拡大が動機付け要因を満たす」といった選択肢は、ひっかけになりやすい。
- X理論・Y理論は、管理者の人間観。人の性格を2種類に分ける理論ではない。
- 達成動機の理論は「成功確率が中程度(50%前後)の課題を好む」。難しいほど好むわけではない。
職場にあてはめると:中小企業の現場で
診断士として中小企業を支援するとき、この4つの理論は、そのまま助言の引き出しになります。たとえば「社員のやる気が低いので、賞与を上げたい」という相談を受けたとしましょう。まず、不満の原因が給与や職場環境にあるなら、衛生要因を整えるのは筋のよい対策です。ただし、賞与を上げるだけでは、満足は続きません。
そこで、次の一手を考えます。単純作業が続いて飽きている社員には、任せる範囲を広げ、判断や段取りを本人に委ねる職務充実を検討します。自発的に動ける人には、会社の方針だけを共有し、目標管理で進め方を任せます。そして、その目標の難しさは、本人の努力しだいで届くか届かないか、という程度に設定します。
こうして並べると、動画の最後の問いかけの意味が見えてきます。やる気が出ないのは、個人の性格の問題ではなく、仕事の設計の問題かもしれない、という視点です。人を変えようとする前に、仕事を設計し直す。これが、人的資源管理の発想です。
まとめ:やる気が出ないのは「性格」のせいではない
モチベーションは、単なる気合いの問題ではない。動画は、そう結論づけます。論理的で構造的なアプローチが、鍵になるのです。4つの理論を、ひとことずつにまとめておきましょう。
| 理論 | ひとこと | 仕事への応用 |
|---|---|---|
| アージリス | 成熟・自立したがる | 成長の機会をつくる |
| ハーズバーグ | 不満とやる気は別 | 職務充実で動機付ける |
| マグレガー | 人間観はXとY | 目標管理で任せる |
| 達成動機 | 50%が最も燃える | 中程度の難しさにする |
動画のまとめを、そのまま書き出します。鎮痛剤とビタミン剤を間違えない。垂直方向に仕事の裁量を渡す。自発的な人には、地図を自分で描かせる。そして、実力でコントロールできる、50%の絶妙なリスクを設定する。
講師は、最後に聞き手へ問いを残します。もし今、やる気が出ないと感じているなら、それは個人の性格のせいではなく、今の仕事の設計図に問題があるのかもしれません。あなたの職場に足りないのは、不満を沈める衛生要因という鎮痛剤か、それとも裁量を広げるビタミンか。自分で決断してボス戦に挑むための、垂直方向の職務充実が足りないのかもしれません。
休日に夢中になっている趣味やゲームの中に、そのヒントが隠れているかもしれません。明日、自分の仕事をどう再設計すれば、あの50%の絶妙なリスクをつくり出せるか。ぜひ考えてみてください。診断士試験では、この4人の名前と中身を、取り違えないことが得点につながります。
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