なぜ後発企業は先発企業を打ち負かせるのか
企業経営理論 第9回
「数億円の資金と3年の月日を注ぎ込んで画期的な新製品を出したのに、わずか3か月後、ライバルが弱点を直した改良版をより安く出して市場を丸ごと奪っていったら」。動画はこんな問いかけから始まります。このページでは動画の流れにそって、シナジー効果と補完効果、コストを下げる3つの法則、速度の経済、そして先発と後発それぞれの優位性と壁をまとめました。まず動画を聞いて、あとからここで復習するのがおすすめです。
数億円の新製品が、3か月で丸ごと奪われたら?
数億円の資金と3年の月日を注ぎ込んで、画期的な新製品を世に送り出した。ところが、わずか3か月後。あなたの動きをじっと観察していたライバル企業が、弱点を直した改良版を、より安く出してきて、市場を丸ごと奪っていった。動画はこんな場面を想像させるところから始まります。当事者にすれば悪夢ですが、動画はこれを「ビジネスの現実」と呼びます。直感や情熱だけでは市場というジャングルを生き残れず、そこには、いつ飛び込むか、どう陣地を広げるかという、かなり厳密な法則があるというのです。
今回は企業経営理論の経営戦略から、事業を広げるときの考え方を順に見ていきます。
- 価値を高める:シナジー効果(相乗効果)と補完効果。手持ちの経営資源をどう組み合わせるか。
- コストを下げる:規模の経済、経験曲線効果、範囲の経済。
- 時間を武器にする:速度の経済。
- 参入の時期を選ぶ:先発の優位性と、後発の優位性。
事業を大きくしたいとき、つい「全く新しい市場を開拓しなきゃ」と焦りがちです。けれども動画は逆から入ります。出発点は、新しいことを始めることではなく、今あるものをどう掛け合わせるかです。
シナジー効果:魔法の言葉ではなく「資源の多重利用」
動画の話し手は、まず「シナジー」という言葉に警戒心を示します。企業合併のニュースで魔法の言葉のように使われ、結局うまくいかなかった例も多いからです。仕組みを理解せずに使えば、絵に描いた餅になります。
シナジー効果(相乗効果)とは、複数の事業を営むことで、別々の会社がそれぞれ行うより大きな成果が出る効果のことです。その本質は、経営資源の多重利用にあります。ここで決め手になるのが、経営資源を2種類に分けて考える見方です。
| 物的な経営資源 | 情報的な経営資源 | |
|---|---|---|
| 例 | 工場・機械・店舗(カネも同様) | 技術・ノウハウ・ブランド・顧客データ |
| 同時に使えるか | 1か所でしか使えない | 何か所でも同時に使える |
| 使うと | 使った分、ほかで使える余地が減る | 使っても減らない |
| シナジー | 生みにくい | 生みやすい |
ちょっと待ってください。たとえばレストランの秘伝のレシピや顧客の購買データなら、2店舗目、3店舗目を出すときも、そっくりそのまま使えるということですか?
その通りです。しかも何度使ってもすり減りません。新たなコストをかけずに、既存の強みから新しい価値を生み続けられる。これが本来のシナジーの力です。
なるほど。だから情報的な資源を使い回したほうが、ただの足し算以上の効果を生みやすいんですね。
(補足:動画にない話です。経営戦略論では、情報的資源は「見えざる資産」とも呼ばれます。お金を出しても買えないことが多く、つくるのに時間がかかるため、競争相手がまねしにくい点も特徴とされます。)
補完効果:足りないところ、余っているところを補い合う
動画はもう1つ、補完効果(相補効果、コンプリメント効果)も紹介します。シナジーが資源の多重利用なら、こちらは未利用の資源を補い合うアプローチです。
冬のスキー場に、夏の仕事
冬しか営業していないスキー場が、夏にはマウンテンバイクのコースや音楽フェスの会場として施設を開放する。これで年間を通じて集客できます。冬には使い切る設備が、夏には余っている。その「余り」を別の用途で埋めているわけです。動画は、手元のカードをどう組み合わせれば最強の役になるか、というゲームのようだと例えます。
| シナジー(相乗効果) | 補完効果 | |
|---|---|---|
| しくみ | 情報的資源の同時多重利用 | 足りない所・余っている所を補い合う |
| イメージ | 掛け算(1+1が2を超える) | 足し算(無駄を埋めて全体がうまく回る) |
| 例 | 同じブランドや技術を別の事業に使う | 冬のスキー場に夏のマウンテンバイク |
(補足:動画にない話です。補完効果は、物的資源の使われ方に時間的なムラがあるとき、つまり使い切る時期と使い余す時期に分かれるときに生まれる、と整理されます。ホテルとファミリーレストランの組み合わせが例に挙がります。)
どちらも、手持ちの資源から生み出す効果をどう拡大するか、という同じ向きの発想です。
コストの出血を止める3つの法則
価値を高めるだけでは利益は出ません。事業を広げるにつれてコストが同じペースで膨らめば意味がないからです。そこで動画は、コストを下げる3つの法則に進みます。規模の経済、経験曲線効果、範囲の経済です。前の2つは同じ事業の中で、範囲の経済は複数の事業にまたがってコストを下げる力です。動画はこれをカレー作りで整理していきます。
規模の経済は、一度にどれだけ作るかに左右されます。100人前のカレーを大きな鍋で一気に煮込めば、コンロや材料の買い出しにかかる固定費が分散され、1食あたりの原価が下がります。生産規模が大きいほど、単位あたりのコストに占める固定費の割合が下がるので、工場を大きくするほど有利になるという考え方です。
経験曲線効果は、毎日カレーを作り続けるうちに包丁さばきがプロ並みになり、手際もよくなって、時間の無駄が消えていくイメージです。今までにどれだけ作ってきたかという累積生産量に応じてコストが下がります。
規模の経済と経験曲線効果は、似ているようで違うので、最初は混乱しました。
混同されがちですね。規模の経済は「今の生産規模」の話で、経験曲線効果は「過去から現在までの累積生産量」の話です。
つまり、いきなり巨大な鍋を買ってきた人でも規模の経済は使えるけれど、積み重ねた腕前は買えない。そこにコスト競争力の差が出るんですね。
経験曲線効果は、過去を振り返るだけでなく、未来の予測にも使えます。将来の累積生産量からコストの低下をあらかじめ見込み、今の段階から戦略的に安い価格を設定して、ライバルを市場から締め出すという攻撃的な戦い方もできます。動画は、未来のコストダウンを前借りして価格破壊を起こすようなものだと表現します。
範囲の経済は、複数の事業で経営資源を多重利用して、全体の費用を下げる効果です。カレーのために買った大鍋と鍛えた料理の腕前を、シチューや豚汁にも使えば、新しい鍋を買う費用が浮いて、全体のコスト構造がスリムになります。
動画が現実の例に挙げるのが、アマゾンのクラウド事業AWS(アマゾン・ウェブ・サービス)です。ネット通販のために築いた巨大なサーバー基盤と運用ノウハウを、他社向けのクラウド事業にも使い、1からインフラをつくる他社より圧倒的に低いコストで事業を始められた、という説明です。
(補足:動画は、AWSが「ブラックフライデーなどのピークに備えた余剰のサーバー」から始まったように語りますが、この「余った設備を貸し出したのが始まり」という説明は、実態を単純にしすぎています。AWSの事業計画を書いたアンディ・ジャシーは2008年に、社内システムの余剰容量はとうに超えたと述べたと伝えられています。アマゾンの技術責任者は、10年以上のインフラ構築で培った独自のソフトウェアとサービスが基になったと説明しています。ここでは「ノウハウという情報的資源の共用」の例として読んでください。)
試験の注目点:3つの法則を混同しない
- 規模の経済:依存するのは今の生産規模。固定費の分散。
- 経験曲線効果:依存するのは累積生産量。規模の経済とあわせてコスト競争力の源泉になる。
- 範囲の経済:複数の事業での経営資源の共用。情報的資源は共用しても価値が減りにくく、多角化の推進力になる。
速度の経済:スピードそのものが武器になる
もう1つ、コストとは別の次元の戦いが速度の経済です。企業活動のスピードを上げることで得られる経済的なメリットのことです。生産から販売までの時間を短くすれば、在庫や売れ残りのロス、機会損失が減ります。
正直なところ、資料を読んだときは「早く作れば機会損失が減るなんて当たり前じゃないか」と思いました。
工場内の効率化なら、その通りです。でもタイムベース競争という戦略の目で見ると見え方が変わります。他社と全く同じ機能、同じ価格の製品でも、誰よりも早く納品し、誰よりも早く市場に出すこと自体が、競争優位の源泉になるんです。
その代表例が、ファッション業界のザラです。従来のブランドが半年かけて季節のコレクションを準備している間に、ザラはわずか数週間で最新のトレンドを商品にして店頭へ送り込みます。狙いは自社の在庫リスクを減らすことだけではありません。スピードを極限まで上げて、ライバルの「季節ごとのコレクション」という周期そのものを時代遅れにしてしまうのです。機能や価格ではなく、ゲームのルールをスピードに変えている、といえます。
(補足:研究論文では、業界標準の企画から店頭までが5〜6か月のところ、ザラを展開するインディテックスは新作で約5週間、追加注文では約2週間とされています。数字は資料により異なります。)
先発の優位性:最初に扉を開ける強み
ここからが動画のハイライト、参入タイミングの戦略です。まだ誰もいない市場に最初に入る先発企業には、計り知れないメリットがあります。
- 心理的な参入障壁をつくれる:最初に市場に出た製品のブランド名が、そのカテゴリーの代名詞になることがあります。文房具や衛生用品でも、商品名がそのまま呼び名になっている例があります。消費者の頭に「このカテゴリーならあのブランド」という回路ができると、後発企業は覆すのが極めて困難です。
- 早く費用を回収しやすい:価格を気にせず新しいものを求める層(イノベーター)に高めの価格で売れるので、早い時期に投じた費用を取り戻しやすくなります。
- 経験曲線効果が最初に働く:誰よりも早く作り始めるので、生産コストが一番早く下がり始め、後から来るライバルを価格競争で優位に抑えられます。
(補足:先発の優位は、研究では「技術面で先行する」「希少な資源を先に押さえる」「買い手の乗り換えコストを高める」といった形に整理されます。経験曲線の恩恵も、学んだ知識や技術を自社だけのものにできる場合に限られる、と注意されています。)
先発って、無敵じゃないですか。
現実にはそう簡単な話ではありません。先発には、背筋が凍るような代償があります。
| 先発のメリット | 先発の代償 |
|---|---|
| ブランドが代名詞になり、強固な参入障壁ができる | 誰も知らない製品を認知させる広告宣伝費が膨大。「これは何に使うの?」というゼロの地点から消費者を教育しなければならない |
| イノベーター層に高価格で売れ、早く費用を回収できる | 新技術を開発できる技術力の確保や、多額の研究開発投資が必要 |
| 経験曲線効果が誰より早く働く | 製品が本当に市場に受け入れられるか極めて不確実。ジャングルを切り開いた先に黄金郷がなかったという事態もありうる |
後発の優位性:血を流した後から入る賢さ、と壁
冒頭の話につながるのが後発企業の戦略です。リスクを取ってジャングルを切り開くのを避け、先発企業が市場の存在と需要を証明したあとに参入します。
- 市場がすでにつくられ認知も高まっているので、莫大な広告宣伝費や開発費をかけなくて済む。
- 市場の不確実性を見極めてから、安全に参入できる。
- 顧客が先発企業の製品に抱いている不満やニーズの変化を観察し、独自の改良で価値を示して市場を奪いにいける。
合理的ですけど、やっぱりずるいですよ。先発が命がけで耕した畑から、おいしいところだけ持っていくなんて。
先発の弱点をつけるわけですから、非常に合理的です。ただ、先発も黙って見ているわけではありません。後発にも致命的になりうる壁があります。
壁は2つです。1つ目は、先発企業がすでにブランドの一般名称化のような強固な参入障壁をつくっている場合です。消費者が完全にそのブランドに囚われていると、どれだけ優れた改良版を出しても振り向いてもらえません。2つ目が経験曲線効果の壁です。後発企業が参入した時点では、まだ1杯目のカレーを作っている段階です。ところが先発企業は、すでに何万倍も作り続け、プロの包丁さばきと圧倒的なコスト競争力を手にしています。後発企業は開発費が浮いても、先発の経験曲線効果によるコスト優位と戦わなければならず、一定量を生産するまではコスト面で不利な状況に耐える必要があります。
先発か後発か:決断の分かれ目
| 先発 | 後発 | |
|---|---|---|
| 立ち位置 | 未開の地を切り開く | 市場の動向を見極め、したたかに攻め込む |
| 強み | 代名詞化、早い費用回収、経験曲線が先に働く | 広告・開発費の節約、不確実性の見極め、先発への不満を突ける |
| 弱み・壁 | 認知の広告費、研究開発投資、受け入れられるかの不確実性 | 先発の参入障壁、先発の経験曲線によるコスト優位 |
| 性格 | ハイリスク・ハイリターン | 安全に入れるが、強い相手と戦う |
どちらの戦略も一筋縄ではいかない、というジレンマを抱えています。だからこそ、自社の経営資源を見極め、市場環境を分析して、どの戦略カードを切るかを決める判断が、企業の明暗を分けます。
試験の注目点:先発と後発は「裏返し」で覚える
- 先発のメリット(参入障壁、費用回収、経験曲線)は、そのまま後発企業が直面する壁になる。
- 先発のデメリット(広告費、研究開発費、不確実性)は、後発企業にとってはメリットに変わる。
- 経験曲線効果は、先発には武器、後発には壁として登場する。
まとめ
- シナジー(相乗効果)は、情報的経営資源の同時多重利用から生まれる。補完効果は、足りない所と余っている所を補い合う。
- 規模の経済は今の生産規模、経験曲線効果は累積生産量、範囲の経済は複数事業での資源の共用でコストを下げる。
- 速度の経済は、スピード自体を競争優位にする(タイムベース競争)。
- 先発は参入障壁・費用回収・経験曲線で有利だが、広告費・研究開発費・不確実性という代償がある。後発はそれらを避けられるが、先発の参入障壁と経験曲線効果の壁に挑むことになる。
動画の最後の問いかけ
序盤で学んだように、データやノウハウといった情報的資源は、使っても減らないのでシナジーを生みやすい資源でした。ところが今は、AIの普及で誰もが膨大な情報に瞬時にアクセスできます。情報へのアクセスが平等になりつつあるとき、企業がもつ「まねできないシナジー」とは何になるのか。動画はこの問いを聞き手に残します。あわせて、オフシーズンのスキー場のような、誰も気づいていない未利用の資源が自分の身の回りのどこに眠っているかも探してみよう、と呼びかけています。
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