PPMが3分で完全理解できる
企業経営理論 第5回
「あなたが今ある大企業のCEOに就任したと想像してみてください。手元には自由に投資できる予算が、最後に10億円だけ残されているとします」。動画はこんな問いかけから始まります。このページでは動画の流れにそって、PPMの2つの軸、規模の経済と経験曲線効果、問題児・花形・金のなる木・負け犬の4領域、そしてPPMの4つの限界をまとめました。まず動画を聞いて、あとからここで復習するのがおすすめです。
10億円を、どの事業に配りますか
動画は、こんな想像から始まります。あなたは大企業のCEOに就任しました。自由に投資できる予算は、最後に残った10億円だけ。目の前には、性格のまったく違う4つの事業部門が並んでいます。
- 赤字続きだが、将来性が爆発しそうな最新のAI事業
- 利益は確実に出ているが、市場がまったく成長していない事務用品事業
- 業界トップの売上だが、競争が激しすぎて利益が飛んでいくスマートフォン事業
- 売上もシェアも低迷している、旧型のソフトウェア事業
どれも一長一短の悩ましい顔ぶれです。直感だけで決めたら、会社はあっという間に傾きかねません。ヒト・モノ・カネという限られた経営資源をどう配分するかは、企業の命運を分ける課題です。地図なしで決断するのは、目隠しで高速道路を走るようなもの。その確かな地図が、プロダクト・ポートフォリオ・マネジメント(PPM)です。
PPMの第一歩は、事業を切り分けること
PPMは、企業全体をそのまま見ません。戦略を立てる最小の単位に切り分けます。これを戦略事業単位(SBU)といい、さきほどのAI事業や事務用品事業が、それぞれ1つのSBUにあたります。PPMは、SBUごとに「経営資源をどう配分するのがいちばん効率的か」を考える道具です。
(補足:動画にない話です。令和3年度の1次試験でも、SBUは「事業独自に戦略や計画の立案と評価が行える事業単位」として扱われました。PPMは、もともとBCG(ボストン・コンサルティング・グループ)が開発した枠組みで、1970年代のものとされます。)
SBUは、縦軸と横軸のグラフの上に配置されます。この2つの軸が理論の肝です。
縦軸は「出ていくお金」:市場成長率
縦軸は市場成長率です。その事業が属する市場そのものが、どれくらいのペースで拡大しているかを表します。動画が強調する本質は、この成長スピードが資金流出(出ていくお金)に直結するという点です。
ちょっと待ってください。市場がどんどん大きくなるなら、物もバンバン売れて最高じゃないですか。なんでお金が出ていくことと結びつくんですか。
チャンスは確かに大きいんです。でも、市場が伸びていればライバルもこぞって参入してきますよね。その中で生き残って、お客さんを獲得し続けるには何が必要でしょう。
目立つための莫大な広告費とか、最新設備への投資とか。優秀なエンジニアの確保もありますね。
まさにそれです。つまり市場成長率が高い状態は、今のまま維持するだけでも資金流出が激しくなる状態なんです。
たとえ:波に乗るサーフボード
聞き手の受け止め方は、こうです。市場の波に乗るには、サーフボードとトレーニングに莫大なお金をつぎ込み続けなければいけない。波が大きいほど、乗り続けるコストも大きくなります。
逆に市場成長率が低い、つまり拡大のペースが落ち着いている場合は、新規参入のライバルが減り、過剰な投資競争が起きません。その結果、資金流出は抑えられます。
横軸は「入ってくるお金」:相対的市場シェア
横軸は相対的市場シェアです。自社のシェアそのものではなく、最大の競合企業と比べたときの自社のシェアの大きさを表します。そして、これが資金流入(入ってくるお金)に直結します。
(補足:相対的市場シェアは「自社のシェア÷最大の競争相手のシェア」で表されます。この値が1を超えれば、自社が業界の首位という意味になります。なお、横軸は事業の売上高ではありません。令和3年度の1次試験では、この点が誤りの選択肢として出ました。)
シェアが高いと売上が大きいからお金が入ってくる、というのは感覚的にはわかります。でも、なぜPPMではシェアを、資金流入の絶対的な指標として扱うんですか。
鋭い質問ですね。ここには経済学の大事なメカニズムが隠れています。規模の経済と経験曲線効果です。シェアが高い、つまり最大の競合より圧倒的に多く作って売っていると、この2つの効果で他社にまねできないコスト優位が得られるんです。
規模の経済はわかります。大量に仕入れて大量に作れば、1個あたりの製造コストは安くなりますもんね。経験曲線効果とは、なんでしょう。
人も組織も、同じ作業を繰り返すほど賢く、早くなる、という法則です。慣れのようなものですね。
経験曲線効果とは、製品の累積生産量、つまり過去から現在までに作った総数が2倍になるごとに、1個あたりのコストが一定の割合で下がるという経験則です。作業員のスキルが上がり、無駄な工程が省かれるからです。
| 規模の経済 | 経験曲線効果 | |
|---|---|---|
| 何が増えると | 一度に作る量(生産規模) | これまでに作った総数(累積生産量) |
| なぜ下がる | 1個あたりの固定費が薄まる、大量仕入れで安くなる | スキルが上がる、無駄な工程が省かれる |
| キーワード | 大量に作るほど安い | 慣れるほど賢く、早くなる |
こうして、シェアトップの企業は、ライバルよりはるかに多くの数をこれまでに作ってきたことになります。経験値が最も高く、コストを最も安く抑えられる。同じ値段で売っても利益の幅がいちばん大きくなり、最強の資金流入を生みます。縦軸が出ていくお金(資金流出)を決め、横軸が入ってくるお金(資金流入)を決める。この2つが交わって、あらゆる事業が4つの領域のどれかに分類されます。
(補足:経験曲線効果は、1960年代にBCGが名づけたものとされます。効果の大きさは業界によって違い、効果が極端に小さい業界では、高シェアが高利益に直結するとは限りません。)
4つの領域を、お金の出入りで見る
問題児:お金ばかり食って稼いでこない
市場成長率が高く、相対的市場シェアが低い領域です。市場が成長しているので、取り残されないために多額の資金流出が起きます。ところがシェアが低いため、経験曲線効果が十分に働かず、資金流入は少ない。常にお金が足りず、垂れ流しに近い状態です。
それなら、こんな赤字垂れ流しの事業は、さっさと見切って、すでに勝っている事業に集中したほうがいいのでは。なんでわざわざ、この領域があるんでしょう。
世の中の新しいビジネスの多くは、最初は全部ここからスタートするからです。最初からシェアトップなんて、ありえませんよね。ここで一気に投資してトップを奪えれば、莫大な利益を生むエースに大化けする可能性があります。
だから経営者は、ほかの有望な事業から資金を引っ張って集中的に投資して育てるか、勝算なしと見て撤退するか、あるいは投資を止めて細々と回収する収穫戦略を選ぶか、重い決断を迫られます。伸びしろがあるからこそ、見極めが難しい領域です。
(補足:動画では、問題児で収穫戦略も選択肢として出てきます。一般的な整理では、問題児は「資金を集中して育てる(拡大)か、撤退か」の二択で語られることが多く、収穫(絞り取り)は、金のなる木や負け犬の方針として説明されます。試験では、問題児は必ずしも撤退すべきとは言えない、という点が大切です。)
花形:トップなのに手元にお金は残らない
投資が成功してライバルを蹴落とし、高いシェアを獲得できたら、事業は市場成長率もシェアも高い領域、花形へ進化します。ただし、そう単純ではありません。シェアが高いので莫大な資金流入はありますが、市場が成長を続けている以上、強力なライバルが虎視眈々とトップの座を狙っています。地位を守るには、稼いだお金を広告費や研究開発費としてそのまま再投資しなければなりません。
たくさん入ってくるけれど、同じくらいたくさん出ていく。稼いでも稼いでも、次の戦いのために使い果たしてしまうんですね。じゃあ、花形のゴールはなんですか。
今のトップシェアを保ったまま、市場の成長スピードが落ち着くのを待つことです。成長率が低くなれば、新たな設備投資や過剰な広告費は要らなくなり、資金流出がピタッと止まります。
結果として、花形の資金収支はプラスマイナスゼロ、つまりおおむね均衡します。
金のなる木:会社のATM
市場の成長が落ち着くと、事業は金のなる木へ移ります。市場成長率は低く、相対的市場シェアは高い領域です。戦いが終わって平和になった市場で、圧倒的なシェアとコスト優位性だけが手元に残ります。資金流出は少なく、資金流入は最大化。ここで初めて、会社に現金がドバッと残り始めます。聞き手のいうとおり、まさに会社のATMです。追加投資をあまり必要とせず、安定して多くの資金を生んでくれます。
ここからがPPM最大の美しさです。金のなる木で得たお金は、貯金でも、その事業の豪華化でもなく、最初に出てきた問題児に投資します。
問題児を、シェアトップの花形に育てる。やがて市場が成熟したら、その事業がまた新しい金のなる木になる。家族の助け合いのように資金が循環するエコシステムをつくることが、PPMの本当の目的です。
試験の注目点:金のなる木と花形は混ぜない
令和3年度の1次試験では、金のなる木は「将来の成長に必要な資金を供給する」という選択肢が正しいとされました。一方、花形は「入るお金も多いが出るお金も多く、必ずしもマージンが高いわけではない」ため、「安定性も安全性も高い」とは言えません。「花形=いちばん儲かっている」と思い込まないことが大切です。
負け犬:行き着く先
すべての事業が、この美しいサイクルに乗れるわけではありません。問題児の段階でシェアを奪えずに市場が成熟してしまった場合や、かつての金のなる木がライバルにシェアを奪われた場合に行き着くのが、負け犬です。市場成長率も相対的市場シェアも低く、市場はもう広がらず、自社は負けていてコストも高い。お金はあまり出ていかないかもしれませんが、入ってもこない、右肩下がりの領域です。
基本は、将来の成長が見込みにくいため、新たな投資を控えて、事業からの撤退や売却を検討します。ただし、すぐにシャッターを閉めるとは限りません。細々とでも安定して利益が出ているなら、投資を完全にやめて、利益だけを回収し続ける収穫戦略を取る場合もあります。寿命が尽きるまでキャッシュを絞り出す、というわけです。撤退か収穫か、どちらにせよ、未来へ向けたエンジンにはならない領域です。
| 成長率・シェア | お金の出入り | 基本の方針 | |
|---|---|---|---|
| 問題児 | 高・低 | 流入小/流出大 | 育てるか撤退 |
| 花形 | 高・高 | 流入大/流出大 | シェアを守る |
| 金のなる木 | 低・高 | 流入大/流出小 | 資金を問題児へ |
| 負け犬 | 低・低 | 流入小/流出小 | 撤退・売却・収穫 |
PPMの4つの限界
ここまでで、PPMは事業を資金の動きという視点で冷徹に分類し、どこからお金を引いてどこへ注ぎ込むかを描く、ロジカルな地図だとわかりました。でも、聞き手は少し違和感を覚えます。もしこれが完璧なら、すべての会社がこの通りに資金を動かせば成功するはずだ、と。
その鋭い問いこそが経営のリアルだ、と先生は答えます。PPMは視覚的でわかりやすい反面、致命的な限界を抱えていて、試験対策としても重要です。動画は4つの限界を挙げます。
① シナジーの無視
PPMは、事業を資金の流入と流出という独立した数字だけで評価します。ところが現実には、事業同士が見えないところで助け合っています。グラフ上では負け犬で撤退すべきと判断された事業が、実は花形事業で使われている核となる技術を開発していた、ということが起こりえます。資金面ではお荷物でも、技術やブランドの面で他事業の屋台骨を支えているかもしれません。PPMは、こうした事業間の見えない結びつきを評価できません。
② 新規事業の立案には不向き
縦軸の市場成長率も横軸の相対的市場シェアも、すでに市場があってライバルがいることが前提の指標です。これから新しい市場をつくるイノベーションでは、測るべき市場が存在せず、図式が成り立ちません。過去と現在のデータに基づく地図なので、道のない未来までは描けないのです。
③ 衰退の加速
皮肉なことに、フレームワーク通りに動くことが問題を生みます。金のなる木の利益を問題児へ回すということは、金のなる木には維持費以外の大きな追加投資をしない、ということです。投資を抑え続けられた事業は、製品のイノベーションが止まってお客さんに飽きられ、競争力を失うかもしれません。理論に従ったがゆえに、自ら金のなる木が枯れるスピードを早めてしまうわけです。
④ 士気(モラール)の低下
経営陣が「君たちの事業は負け犬に分類された。撤退か収穫の対象だ」と公式に位置づけたら、汗を流している現場の従業員はどう感じるでしょうか。情熱も努力もラベルひとつで処理され、投資も打ち切られる。そんな状態でモチベーションを保てる人はいません。優秀な人材から順に会社を去っていくでしょう。
資源の最適な配分という美しい計算式でも、現実には人間の感情という、コントロールできない要素が絡みますね。これが経営の本当の難しさなんだと思います。
おっしゃる通りです。配分を決めるのも人ですし、影響を受けるのも現場の人です。PPMは資金の流れを可視化する優れたツールですが、絶対的な正解ではなく、あくまで1つの視点を与えてくれるレンズです。そのことを、限界としてしっかり理解しておいてください。
(補足:大学の講義資料では、ほかに「どの範囲を1つの市場とみなすかで成長率もシェアも変わる」「中位の事業は4つのセルだけでは決められない」といった点も限界に挙げられます。動画の4つに加えて覚えておくと役立ちます。)
まとめ
- PPMは、事業をSBUに切り分け、縦軸=市場成長率(資金流出)、横軸=相対的市場シェア(資金流入)の4領域で資源配分を考える道具。
- シェアが資金流入に直結するのは、規模の経済と経験曲線効果で、トップ企業がコスト優位を持つから。
- 問題児=流出大・流入小。育てるか撤退かの見極め。花形=流入も流出も大きく収支はほぼゼロ。金のなる木=流入大・流出小で、稼いだ資金を問題児へ。負け犬=撤退・売却、または収穫。
- 限界は、シナジーの無視、既存事業向きで新規事業に不向き、金のなる木の衰退の加速、モラール(士気)の低下の4つ。
動画は最後に、思考実験を投げかけます。あなたがCEOで、数字上は負け犬と分類された事業の現場に、他の事業を飛躍させるかもしれない見えない知見や、社員の熱意が眠っていると気づいたら、PPMの限界をどう乗り越えて、最後の10億円を配分しますか。唯一の正解はありません。地図が示す合理的な撤退ルートを選ぶか、地図に載らない人間の熱意を信じるか。試験勉強の合間に、経営者の目線で考えてみてください。
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