遺留分と事業承継の特例まとめ
経営法務 第15回
「ある地方都市にある、地元で長く愛されてきた小さな町工場を想像してみてください」。動画はこんな問いかけから始まります。このページでは動画の流れにそって、遺留分の割合、遺留分侵害額請求権、事業承継のための遺留分の特例(除外合意・固定合意)をまとめました。まず動画を聞いて、あとからここで復習するのがおすすめです。
町工場を襲う「遺留分」という落とし穴
動画は、ある町工場の物語から始まります。創業者のお父さんが亡くなり、長年一緒に働いてきた長女が会社を継ぎます。そこへ、何十年も音信不通だった弟が現れ、「自分にも財産をもらう権利がある。取り分を現金で今すぐ払ってくれ」と求めてきました。工場の財産は機械や土地ばかりで、手元に現金はほとんどありません。長女は弟に払うために大切な機械を売り、工場は倒産してしまいます。
動画は、これを作り話ではなく、ある法律のルールのせいで日常的に起きうる悲劇として紹介します。今回のテーマは、残された家族を守るルール(遺留分)と、ビジネスを守る特別ルール(遺留分の民法特例)を、どう両立させるかです。
遺言でも消せない「最低限の取り分」
「自分の財産は、自分が死んだあとも好きなようにできるはず」。聞き手はそう考えて、「全財産は会社を継ぐ長女に譲る」という遺言を残せば丸く収まるのでは、と尋ねます。ところが法律はそう単純ではありません。遺言があっても、一定の相続人には最低限の取り分が保障されています。これが遺留分です。家族のための権利として、遺言の意思を上書きしてしまいます。
遺留分の割合は、誰が相続人になるかで変わります。動画の説明を表にまとめます。割合は、被相続人(亡くなった人)の財産全体に対するものです。
| 相続人の組み合わせ | 遺留分全体の割合 |
|---|---|
| 直系尊属(親・祖父母)だけ | 財産の 1/3 |
| 配偶者だけ、または直系卑属(子など)がいる | 財産の 1/2 |
| 兄弟姉妹だけ | 遺留分なし |
動画の具体例も確認しておきましょう。配偶者だけが相続人なら、全体の1/2がそのまま配偶者の遺留分です。配偶者と直系卑属が相続人なら、全体の1/2をさらに半分ずつ分け合い、配偶者が1/4、直系卑属が1/4になります。聞き手は「親だけの場合の1/3から、配偶者や子がいると1/2に大きくなるんですね」と受け止めています。
補足:動画の「半分ずつ」は、子が1人の場合の話です。遺留分全体の1/2は、法定相続分の割合で各人に分けます。たとえば配偶者と子2人なら、配偶者が1/4、子は1人あたり1/8です。配偶者と直系尊属なら、法定相続分が2対1なので、全体の1/2のうち配偶者が1/3、親が1/6になります(数値は検算済み)。
そして動画が「非常に重要な例外」と強調するのが、兄弟姉妹には遺留分がないという点です。相続人が兄弟姉妹だけなら、遺言で全財産を他の人に譲っても、兄弟姉妹は遺留分を主張できません。聞き手も「それは知らなかった」と驚いていました。
生前に贈与しても逃げ切れない
聞き手は「意地悪な質問」として、亡くなる前に第三者へ多額の贈与をして、手元に財産が残っていなかったらどうなるのか、と尋ねます。「もう財産はないから逃げ切れる」とはなりません。遺留分をもらえる人がもらえなかったときは、遺留分侵害額請求権を使います。動画は、生前の贈与も後から計算に入れられるので、抜け道は塞がれている、と説明します。
補足(動画の単純化の訂正):動画では「贈与された額の中から遺留分の額を上限として財産を取り戻せる」と説明されていました。令和元年(2019年)7月1日の民法改正以降の遺留分侵害額請求権は、財産そのものを取り戻す権利ではなく、侵害された額に相当する金銭の支払を請求する権利とされています(改正前は遺留分減殺請求で、財産そのものに効力が及びました)。また、贈与がどこまでさかのぼって計算に入るかには限りがあります。第三者への贈与は、原則として相続開始前の1年間のものが対象です(当事者双方が遺留分権利者に損害を与えると知っていた場合は、それより前も対象とされています)。相続人への贈与は、相続開始前10年間のもののうち、婚姻・養子縁組のため、または生計の資本として受けたものが対象とされています(第1044条第3項)。当事者双方が遺留分権利者に損害を与えると知っていた場合は、その期間より前のものも対象です。
請求できる期間は「1年」か「10年」
この請求権には厳格な期限があります。動画によれば、相続の開始と、遺留分を侵害する遺贈や贈与があったことを知った時から1年、または相続開始の時から10年で消滅します。聞き手は「知ってからたった1年。葬儀や手続きに追われているうちに、あっという間ですよね」と驚いていました。
補足:第1048条は、1年を「時効によって消滅する」とし、相続開始から10年も「同様とする」と定めています。10年の法的性質は除斥期間と解する説明が一般的ですが、条文の文言は時効です。どちらも「早いほう」で効力を失う点が、動画の説明と合います。
なぜ中小企業にとって致命的になるのか
ここで最初の町工場の話に戻ります。問題の本質は、遺産が現金なのか会社の株式なのかという違いです。現金なら銀行口座から引き出して簡単に分けられます。しかし自社株は、単なるお金の価値ではなく、会社の方針を決める議決権、つまり船の舵そのものです。
後継者ではない親族に株式が分散してしまったら、船の舵取りが難しくなってしまいますね。
そうなんです。中小企業の場合、自社株にも遺留分が発生すると、適切な事業承継を行うことが難しくなる場合があります。
そこで、事業の円滑な承継を支援する目的で設けられたのが、遺留分の特例(経営承継円滑化法の民法特例)です。
特例を使うための高いハードル
動画によれば、特例を受けられるのは、上場していない中小企業である特例中小企業者に限られます。さらに条件が厳しく、次の流れを踏みます。
- 遺留分をもつ人の全員の合意:仲の悪い親族が1人でも反対したら、特例は使えません。
- 経済産業大臣の確認:合意が会社の経営承継の円滑化のためのものであること、申請者が合意の日に後継者であったこと、議決権の要件を満たすことなどの確認です(第7条第1項)。動画は「後継者が特例中小企業者であることの確認」と説明しています。
- 家庭裁判所の許可:合意が本人の真意によるものかを見るための許可です。
聞き手が「確認と許可で言葉が違いますね」と気づき、講師が「そこはすごく重要なポイント」と応じます。経済産業大臣は確認、家庭裁判所は許可と、手続きの名称が異なるので注意が必要です。動画では、強い立場の親族が無理やりサインさせることがないよう、家庭裁判所が慎重に判断する、と説明されていました。
補足:中小企業の要件の細部は、動画では触れられていません。円滑化法施行規則第2条によると、3年以上事業を継続している非上場の中小企業者が対象とされています。また、手続きには期限があり、同法第7条第3項・第8条第1項によると、合意から1か月以内に確認を申請し、確認を受けた日から1か月以内に許可を申し立てる、とされています。ここでは細かい日数までは覚えなくても大丈夫です。
方法その1:除外合意
ハードルを越えた先にある特例の中身は、除外合意と固定合意の2つです。まず除外合意は、生前に贈与された株式などを、遺留分の計算のもとになる財産から除外するものです。
動画の数字で見てみましょう。現金・不動産が5,000万円、自社株が5,000万円で、後継者に5,000万円分の自社株が贈与され、除外合意を結んだ場合です。先代が亡くなったとき、遺留分の計算のもとになるのは、現金・不動産の5,000万円だけです。自社株は含まれず、後継者がそのまま取得できます。聞き手は「他の親族は株式に一切指一本触れられない。後継者は会社を丸ごと引き継げる完璧な盾ですね」と感想を述べています。
方法その2:固定合意
もうひとつが固定合意で、生前に贈与された株式などの評価額を、事前に固定するものです。「全部除外してしまえばよいのに、なぜ固定するのか」という聞き手の疑問に、動画は「企業のダイナミズム」で答えます。
自社株5,000万円で固定合意をした後、後継者が努力して会社の価値が1億円に上がったとします。固定合意をしていなければ、1億円で計算されてしまい、後継者は自分が頑張ったせいで他の相続人に支払う額が増えてしまいます。これでは「頑張った人が重いペナルティを背負う」ことになり、理不尽です。固定合意をすれば、遺留分の計算のもとになるのは、現金・不動産5,000万円と、固定した自社株5,000万円分です。値上がりした部分は計算に入りません。
補足(自作の設例・検算済み):相続人は長女(後継者)と弟の2人、配偶者はなし、遺言で残りの財産もすべて長女に渡すものとします。弟の遺留分は、基礎財産の1/2のさらに1/2、つまり基礎財産の1/4です。贈与された株式は、相続開始前10年以内で計算に入る前提です。
| 場合 | 基礎財産 | 弟の遺留分額 |
|---|---|---|
| 特例なし(株5,000万) | 1億円 | 2,500万円 |
| 除外合意 | 5,000万円 | 1,250万円 |
| 固定合意(株は1億円に値上がり) | 1億円 | 2,500万円 |
| 特例なしで値上がり | 1億5,000万円 | 3,750万円 |
なお、固定合意をする際の評価額については、弁護士、公認会計士、税理士などの証明が必要です(第4条第1項第2号)。
併用と、親族以外の後継者
動画によれば、除外合意と固定合意は併用でき、一部を除外合意、一部を固定合意とすることもできます。会社の状況に合わせてカスタマイズできるわけです。
聞き手は「最近は親族以外に会社を譲るケースも増えています。そういう人にも使えますか」と尋ねます。動画は、合意をした日において、後継者が所有する株式のうち合意の対象とした株式を除いたものに係る議決権の数が、総議決権の1/2以下のときは、親族や法定相続人以外の後継者にも適用できる、と説明します(この1/2以下の要件の性格は、次の補足で整理します)。聞き手は、有能な第三者に安心して船の舵を託せると受け止めました。
補足(条文で確認):「議決権の1/2以下」は、合意の日に後継者が持つ株式のうち、合意の対象とした株式を除いた分の議決権が総議決権の50%以下であることを求める要件で、後継者全員に共通します(円滑化法第4条第1項ただし書・第7条第1項第3号)。後継者は、旧代表者から株式の贈与を受けた者(またはその相続人)で、総議決権の過半数を持ち、かつ会社の代表者である人とされ(第3条第3項)、旧代表者の親族や推定相続人であることは要件に入っていません。そのため親族外の後継者にも使えます。動画の「1/2以下のとき」を「親族外に使える条件」と受け取らないようにしましょう。なお、法律上の用語は「特例中小会社」です(第3条第1項)。
最大の障壁は「全員の合意」
動画は最後に、リスナーへ問いかけます。特例を成立させるための最大の障壁は何だったでしょうか。そう、全員の合意でした。どんなに完璧な法的スキームを用意しても、家族の誰か1人が首を縦に振らなければ、特例は一切使えません。
だからこそ、いざという時にビジネスと家族を守れるかを決めるのは、法律の知識そのものではなく、元気なうちから家族全員と腹を割って話し合い、日々のコミュニケーションで信頼関係を築いておくことだ、と動画は結びます。無味乾燥に見える条文の裏には、家族間の争いを防ぎつつ事業のバトンを安全に渡すための知恵が詰まっている、という話でした。
まとめ
動画のまとめ
- 遺留分は、遺言でも消せない相続人の最低限の取り分。直系尊属のみなら財産の1/3、配偶者や直系卑属がいれば1/2。兄弟姉妹には遺留分がない。
- 遺留分侵害額請求権は、動画では1年(知った時から)または10年(相続開始から)で消えるとされる。補足として、現在は金銭の支払を求める権利と整理される。
- 自社株にも遺留分が及ぶと、後継者に議決権を集めにくくなる。この対策が、事業承継を円滑にする遺留分の特例。
- 特例には、遺留分をもつ人全員の合意、経済産業大臣の確認、家庭裁判所の許可が必要。
- 除外合意は自社株を計算から外し、固定合意は評価額を合意の時点に固定する。併用もできる。
確認と許可の使い分け、除外と固定の違い、そして「全員の合意」という条件を、セットで覚えておきましょう。動画のたとえでいえば、遺留分は家族を守る盾、特例は会社の舵を守る盾です。2つの盾をどう両立させるかが、今回の主題でした。
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