組織再編の仕組み
経営法務 第35回
「…いつものようにオフィスに出社したと想像してみてください」。動画はこんな場面から始まり、会社が形を変えるときの法的な安全装置を解き明かしていきます。このページでは動画の流れにそって、組織再編と事業譲渡の違い、株主・債権者・従業員の守られ方、略式組織再編までをまとめました。まず動画を聞いて、あとからここで復習するのがおすすめです。
朝出社したら、会社が飲み込まれていた
動画は、こんな場面の想像から始まります。いつものように出社してパソコンを開くと、自分の会社が前の晩のうちに別の企業に飲み込まれた、というメールが届いている。看板は掛け替えられ、上司の顔ぶれも変わり、自分の雇用契約がどうなるのかも分からない。メインバンクの担当者からは、慌てた様子の電話までかかってくる。
とはいえ、現実のビジネスでは、企業がくっついたり離れたりする大きな変化は毎日のように起きています。それでも経済が混乱しないのは、見えないところに法的な安全装置が張り巡らされているからだ、と動画は言います。今回のテーマは、その中身である組織再編と事業譲渡の手続きです。
動画が組織再編として扱うのは、合併、会社分割、株式交換、株式移転です(補足:会社法には令和元年改正で創設された株式交付〈令和3年3月1日施行〉もありますが、動画では扱われていません)。事業譲渡は、事業を切り売りする取引です。動画は「どの瞬間に誰が一番無防備になるのか」を考えると、ルールの理由が見えてくる、という姿勢で進みます。
書面の備置:家を作り替えるか、家具を売るか
最初のテーマは情報開示です。組織再編をする会社は、再編の内容を詳しく書いた書面(または電磁的記録)を、再編の前後に本店に一定期間備え置くことが求められます。株主や債権者などの利害関係者が、いつでも計画をチェックできるようにするためです。ところが事業譲渡では、この書面の備置は求められません。
聞き手は、ここで素朴な疑問を投げます。会社の一番の稼ぎ頭の事業を売るなら、関係者には大ニュースのはず。なのに、なぜ事業譲渡には公開義務がないのか。動画の答えは、会社を1軒の家にたとえるものです。
組織再編は、柱を抜いたり、別の家とくっつけたり、家を真っ二つに割ったりする大工事です。法人という枠組みそのものが変わるので、住んでいる人や関わる人全員に設計図を見せるのは当然だ、という理屈です。一方、事業譲渡は家の構造には手をつけず、家具や家電を売り買いするのに近い取引です。高価なシステムキッチンを売っても、家という法人の枠組みはそのまま残ります。だから設計図を広く公開する義務までは課されていない、と説明されます。
家の増改築なのか、道具の売却なのか。そう考えると、開示義務の違いがすっきり落ちますね。
ええ、イメージしやすいと思います。法人という構造物の工事だから、設計図である書面の公開が必須になるわけです。
株主総会の特別決議:原則と例外
次は、決断のプロセスです。組織再編では、株主の承認が当然に必要になります。動画があげるのは次の通りです。吸収合併なら合併契約の承認、株式交換なら交換契約の承認、株式移転なら移転計画の承認、吸収分割なら吸収分割契約の承認、新設分割なら新設分割計画の承認です。いずれも株主総会の特別決議で決めます。
(補足:特別決議とは、議決権を行使できる株主の議決権の過半数(定款で3分の1以上まで引き下げ可)を持つ株主が出席し、出席した株主の議決権の3分の2以上の賛成で成立する決議です(会社法309条2項)。)
では事業譲渡はどうか。動画によれば、原則は株主総会の特別決議は不要です。日常的な売買契約に近いので、経営陣の判断で進められます。ただし、聞き手が指摘するように、経営陣が暴走して家の中の家具を全部、生活に必要な水回りまで売り払えば、株主は空っぽの家に取り残されます。そこで例外が用意されています。
- 事業の全部を譲渡する場合は、特別決議が必要です。
- 事業の重要な一部を譲渡する場合も、特別決議が必要です。動画は、その目安を「総資産の5分の1を超える譲渡」と説明します。
(補足:動画の説明を少し正確にします。会社法467条では、譲渡する資産の帳簿価額が、総資産額として法務省令で定める方法で算定した額の5分の1を超えない場合は、特別決議が不要とされています。この割合は、定款で引き下げることもできます。たとえば総資産10億円の会社なら、その5分の1は2億円です。帳簿価額2.5億円の事業を譲るなら5分の1を超えるので特別決議が必要で、ちょうど2億円なら超えないので原則として不要です。自作の数値例で、検算済みです。)
(補足:動画にない話です。事業譲渡は、売る側だけでなく買う側にも決議が必要な場合があります。他の会社の事業の全部を譲り受ける場合は、譲り受ける会社でも特別決議が必要とされています。ただし、対価が譲り受ける会社の純資産額の5分の1以下の場合は原則として不要です(468条2項)。)
| 手法 | 特別決議 | 書面の備置 |
|---|---|---|
| 合併・分割 | 原則必要 (略式・簡易を除く) | 必要 |
| 事業譲渡 | 原則不要 全部譲渡・重要な一部は必要 | 不要 |
反対株主の逃げ道:株式買取請求権
決議が通っても、「こんな合併は納得できない」という株主は必ず出ます。多数決で負けた少数派が、泣き寝入りで付き合うしかないとなれば不条理です。そこで、重要な変更に反対した株主には、原則として株式買取請求権が与えられます。自分の持ち株を、公正な価格で会社に買い取るよう請求できる権利です。動画は、形を変えてしまう会社には投資を続けられない、という株主の気持ちに応える重要なエスケープルートだと説明します。
(補足:事業譲渡等でも反対株主に株式買取請求権があります(会社法469条)。ただし、事業の全部を譲渡して同時に解散を決議する場合などは除かれます。)
効力はいつ生じるのか:二つのグループ
株主の承認も得て、反対派の精算も済みました。いよいよ実行です。効力が生じる日は、動画によればシンプルな二つのグループに分かれます。
第一のグループは、吸収合併、株式交換、吸収分割、そして事業譲渡です。共通点は、すでに存在している会社どうしの取引だということ。向かい合って合意する以上、効力が生じるのは契約で定めた日です。たとえば10月1日と約束すれば、その日が基準になります。第二のグループは、新設合併、株式移転、新設分割です。新しい法人を生み出す行為なので、まだ存在しない会社と日付を約束することはできません。そのため新設会社が成立した日に効力が生じます。
(補足:事業譲渡は、吸収合併のように会社法が効力発生日を定めているわけではありません。動画は便宜上、契約で定めた日と整理しています。)
登記のタイムラグと第三者の保護
ここで聞き手が、実務上の急所を突きます。吸収合併の効力発生日を10月1日と契約で定めても、役所での登記がぴったりその日に終わるとは限りません。登記の完了が10月10日になったら、10月1日から10日の間はどうなるのか。
聞き手の例が分かりやすいです。ITベンダーの自分が、10月5日にA社と5年間の保守契約を結んだとします。登記簿を見るとA社はまだ存在している。ところが後から、「A社は10月1日の時点で吸収合併により消滅していました。あの契約は無効です」と言われたら、たまったものではありません。
こうした悲劇を防ぐために、対抗という考え方が使われます。動画の説明は次の通りです。吸収合併で消滅する会社の解散は、その合併の登記が終わるまで、第三者に対抗できません。当事者の間でどれだけ前に合併していても、登記が完了して初めて、外部に向けて法的な事実を主張できる、というのです。社内の理屈より、取引の安全を優先する仕組みだと動画は整理します。
(補足:動画の説明は条文に沿っています。会社法750条2項は、吸収合併で消滅する会社の解散は、吸収合併の登記の後でなければ第三者に対抗できない、と定めています。登記一般の原則(908条1項)は「登記の後でなければ善意の第三者に対抗できない」ですが、750条2項の条文には「善意の」という限定がありません。)
債権者保護手続き:誰が異議を言えるか
ここからは、会社と深く運命を共にする人たちの話です。まずお金の面から、債権者保護手続きです。会社が形を変える際に、お金を貸している側へ異議を述べるチャンスを与える手続きです。
動画は、合併を「2つの財布の中身を1つに混ぜ合わせること」にたとえます。超優良企業に安心して貸していたのに、その会社が借金まみれの赤字企業と合併して財布を共有すれば、返ってくる確率は下がります。だから合併では必ず債権者保護手続きが必要です。
では株式交換、株式移転、事業譲渡はどうか。意外にも、動画によればこれらでは債権者保護手続きは必要ありません。株式交換や株式移転は、株主(オーナー)の顔ぶれが変わるだけで、お金を借りている法人そのものの財布は、どこにも移らないからです。「大家さんは変わったかもしれないが、借金を返すべき住人は、同じ財布を持ったまま同じ部屋に住み続けている」という例えです。
(補足:株式交換・株式移転で債権者保護が不要なのは「原則」です。たとえば株式交換の完全親会社が、対価として自社の株式以外のもの(金銭など)を交付する場合などには、完全親会社の債権者が異議を述べられる、とされています。)
問題は会社分割です。財布が真っ二つに引き裂かれるのだから、貸している全員が対象では、と聞き手は考えます。動画の答えは、全員ではないです。切り離されて別の会社に移っていく事業の債権者は手続きの対象ですが、元の会社に残る事業の債権者は対象ではない、と説明されます。聞き手は「元の会社の体力が落ちる可能性はあるのでは」と反論します。動画は、間接的な影響はあり得るとしつつ、法律は債務自体が別の法人に移ったかという直接的な変動で線を引いている、と整理します。
(補足:動画の「残る事業の債権者は対象外」には、例外があります。会社分割で分割会社が受け取った対価の株式を株主に分配する形(いわゆる人的分割)では、分割会社に残る債権者も異議を述べられる、とされています。また、分割で債務を引き受ける承継会社の債権者も、手続きの対象になります。「動画の原則+例外あり」と覚えておくと安全です。)
従業員の労働契約:自動で動くか、同意が要るか
次は人の問題です。労働契約が再編でどう扱われるかを、動画は次のように整理します。
- 合併:2つの法人が1つに溶け合うので、労働契約は当然に承継されます。拒否権もなく、丸ごと引き継がれます。
- 株式交換・株式移転:雇用主である法人の箱は変わらないので、承継の手続きは必要ありません。
- 事業譲渡:事業が丸ごと法的に引き継がれるわけではないので、労働契約は自動では承継されません。引き続き働いてもらうには、労働者1人ひとりの個別の合意が必要です。
- 会社分割:労働者が宙に浮くリスクがあるため、労働契約承継法という特別な法律が適用されます。
聞き手の言葉が印象的です。従業員を家具と一緒に箱詰めして、買収した企業へ自動的に送り付けるわけにはいかない。人間が単なる資産として扱われないための、ヒューマンなルールだ、と。
(補足:事業譲渡で個別の同意が必要な根拠は、民法625条1項の考え方(使用者は労働者の承諾がなければ、その権利を第三者に譲り渡せない)とされています。会社分割の労働契約承継法では、承継される事業に主として従事する労働者は、分割計画に承継の定めがあれば本人の同意なく承継され(3条)、承継されない定めの場合は異議を述べて承継されます(4条)。従として従事する労働者の扱いは別に定められています(5条)。動画は「誰がどこに引き継がれるのかを精緻に保護する」と述べるにとどまるので、細部は別途確認が必要です。)
| 手法 | 債権者保護 | 労働契約 |
|---|---|---|
| 合併 | 必要 | 当然に承継 |
| 株式交換 | 原則不要 | 手続き不要 |
| 会社分割 | 移る事業の債権者が中心 | 労働契約承継法 |
| 事業譲渡 | 不要 | 個別の同意が必要 |
略式組織再編:結果が見えているなら総会を省く
ここまでの手続きを毎回すべて完璧にこなすと、時間もコストも大変です。聞き手は、合法的なショートカットはないのかと尋ねます。あります。それが、最も重い手続きのひとつである株主総会の特別決議を省略できる略式組織再編です。
条件は、ある会社の議決権の90%以上を持つ特別支配会社と、その支配下にある会社との間で再編をすることです。動画の理屈はこうです。親会社がすでに90%の票を持っているなら、総会を開いても結論は初めから決まっています。総会を開くのは時間とコストの無駄なので、形式的な特別決議を省略できる、という合理的な仕組みです。
聞き手が確認します。新しく会社を作る場合は、そもそも90%を持つ関係がないので使えないのでは、と。動画はその推測を受け止め、略式組織再編が使えるのは、吸収合併、株式交換、吸収分割、そして事業譲渡を行う場合だけだと説明します。新設される会社がある再編は、対象外です。
聞き手は、事業の全部譲渡でも90%の議決権を持つ親会社に売るなら決議を省略できるのか、と続けます。動画の答えはその通りで、特別支配会社に対して子会社が事業譲渡する場合も、特別決議を省略できます。
(補足:略式で省略されるのは、基本的に「支配されている子会社の側」の総会です。親会社側が不要になるわけではありません。また、定款でこの90%の割合を、さらに高く定めることもできます。)
(補足:動画にない話ですが、似た制度に簡易組織再編があります。存続会社などの側で、再編の対価が純資産額の5分の1以下という小規模な再編なら、その会社側の総会を省略できるとされています。規模が小さい場合の簡易、支配関係が強い場合の略式、と区別しましょう。)
まとめ
まとめ(動画の整理+補足)
- 組織再編は家そのものを作り替える大工事、事業譲渡は家具の売買に近い。書面の本店備置は、動画では組織再編だけに求められると説明される。
- 株主総会の特別決議は、組織再編では必要。事業譲渡は原則不要だが、全部譲渡・重要な一部の譲渡(目安は総資産の5分の1超)は必要。
- 反対株主には株式買取請求権という逃げ道がある。
- 効力発生日は、既存の会社どうしなら契約で定めた日、新設なら新設会社の成立日。
- 登記が遅れる期間があるため、合併による解散は登記前だと第三者に対抗できないという考え方で取引の安全を守る(補足:会社法750条2項)。
- 債権者保護手続きは合併で必須。株式交換・移転と事業譲渡は原則不要。会社分割は動画では移る事業の債権者が対象と説明される(補足:人的分割では残る債権者も)。
- 労働契約は、合併は当然に承継、事業譲渡は個別の同意、会社分割は労働契約承継法。
- 略式組織再編は、議決権90%以上の特別支配会社との間で、吸収合併・株式交換・吸収分割・事業譲渡に使える。新設には使えない。
動画の最後には、問いかけが残されます。経営者として大規模な再編を仕掛けるなら、株主・債権者・従業員の思いが入り乱れる中で、スピードを優先して略式を狙うのか、時間をかけて全関係者の納得を得るのか。ニュースで「A社がB社を吸収合併」と見かけたら、水面下の手続きを思い浮かべてみてください。
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