為替レート
経済学・経済政策 第50回
「ニュース番組を見ていると、画面のすみっこで常にチカチカ点滅している数字の列がありますよね」。動画はこんな問いかけから始まります。このページでは動画の流れにそって、為替レートを動かす4つの時計、アセットアプローチ、フローアプローチ、購買力平価説、金利平価説と、最後に投げかけられる為替介入の問いをまとめました。まず動画を聞いて、あとからここで復習するのがおすすめです。
画面のすみの数字は、4つの時計でできている?
ニュース番組の画面のすみで、いつもチカチカ点滅している「1ドル何円」の数字。多くの人にとっては、上がったり下がったりするカオスな数字の羅列にすぎません。動画は、ここに「設計図がある」と切り出します。為替レートを1つの大きな波ではなく、時間軸もメカニズムも違う4つの波が重なったものとして見よう、という話です。
- 超短期:アセットアプローチ(資産の移動)
- 短期:フローアプローチ(貿易などの決済)
- 長期:購買力平価説(物価水準の比較)
- 現在と将来をつなぐ視点:金利平価説
動画の狙いは、丸暗記ではなく「なぜそう動くのか」という腹落ち感です。この順番で、4つの時計を1つずつ見ていきましょう。
超短期の時計:アセットアプローチ
いちばん速い時計はアセットアプローチです。アセットは資産のこと。資産は、利子率などの収益性が高いほうへ移動する、という非常にシンプルな考え方です。ここで大事なのは、これは貿易のような実際のモノの売り買いではなく、動きの速い投機的な資金の移動を説明する理論だという点だと、動画は強調します。
投機的な資金というのは、少しでも高い利子という餌を求めて、一瞬で飛び立つ渡り鳥の群れのようなものですか?
とても分かりやすい例えですね。まさにそんな感じです。
でも、鳥が移動したからといって、なぜ為替レートそのものが跳ね上がるんですか?
そこがメカニズムの核心です。為替も欲しい人と売りたい人の綱引きで決まりますよね。高い収益性を求めてある国の通貨に資金を移すということは、その瞬間にその通貨を大量に買うということです。
聞き手は、渡り鳥の群れが一斉に木の枝に止まると重みで枝が大きくしなる、という絵でも言い換えます。それと同じように、巨額の資金が特定の通貨を買う圧力になり、需要が急に跳ね上がって通貨の価値が吊り上がります。コンテナ船で荷物を運ぶわけではなく、電子データで国境を越えるので、動きはミリ秒単位です。
(補足:動画は収益性の例として利子率を挙げています。なお「アセットアプローチ」「フローアプローチ」は動画の表記で、教材によっては「アセット・アプローチ」「フロー・アプローチ」と中黒を入れます。実際の資金の動きは、利子率だけでなく、先行きの見通しやリスクの見方にも左右されるとされています。)
短期の時計:フローアプローチ
ここで聞き手が疑問を出します。資金がミリ秒で為替を決めているなら、私たちがモノを買ったり売ったりするビジネスは、鳥から見れば止まっているようなスピードで、影響を与えられないのでは、と。
動画の答えがフローアプローチです。表面の激しい波の下で、ゆっくりと、でも確実に潮の満ち引きを起こす理論だとたとえます。実際のモノのやり取り、つまり貿易が為替の需要と供給に影響して、レートが変化するという考え方です。アセットが資産という「ストック」の移動なのに対し、こちらはモノと決済の継続的な「フロー」に注目します。
動画は、海外の最新ガジェットを大量に輸入して日本で売るビジネスで説明します。海外のメーカーは、アメリカで給料を払ったり税金を納めたりするので、ドルでの支払いを求めます。だから円を売って外貨を買うことになります。
(補足:動画は、輸入代金がドルなどの外貨で払われる前提で説明しています。実際の日本の輸入は、円建ての取引も2割前後あります(2012〜2013年の財務省資料での比率。最新の比率は未確認)。ただ、輸入が増えれば外貨を買う動きが強まる、という整理は同じです。)
輸入が増えると、支払いのために外貨の需要が増えます。市場全体で見れば、外貨を買うために円が大量に売られ、相対的に円の需要が減るので、円安になります。これがフローアプローチの考え方です。数か月単位で実際に決済が行われるので、短期のトレンドを作る強い要因になる、と動画は説明します。
(補足:自作の数値例です。1ドル=150円のとき、1億ドル分を輸入して支払うには、150億円を売って1億ドルを買う計算になります。動画は輸入が増える場合だけを扱っています。逆に輸出が増えれば、外貨を売って円を買う動きが強まるので、円高の方向に働きます。)
長期の時計:購買力平価説
3つ目は長期です(聞き手は数年単位と言い換えます)。動画は、長期の為替レートは購買力平価説で説明されるとします。物価水準が為替の需給に影響し、物価の変化が為替に反映される、という考え方です。名前は少しいかついので、最も有名な例で考えます。
まったく同じビッグマックが、日本で300円、米国で2ドルで売られているとします。同じ価値のものが買えるので、2ドルと300円は同じ購買力を持つと考えます。すると1ドルは150円分の価値を持つので、為替レートは1ドル=150円に落ち着くべきだ、というのが基本です。
では米国でインフレが起き、物価が1.5倍になって、ビッグマックが3ドルになったらどうなるでしょうか。日本は300円のままなので、3ドル=300円。1ドルあたりに直すと100円です。為替レートは150円から100円へ、つまり円高になります。
ちょっと待ってください。アメリカの物価がガンガン上がっているのに、なぜドルが安くなって円が高くなるんですか?直感的には逆な気がします。
その直感とのズレこそが、この理論の面白いところです。今まで2ドルで買えたハンバーガーが、3ドル出さないと買えなくなりましたよね。これはドルの購買力が目減りした、弱くなったということです。
あ、そうか。値段が上がったんじゃなくて、ドルのパワーが落ちたんだ。
だから、これまで1ドルと交換するのに円を150円出す必要があったのが、弱まったドルには100円で足りるようになります。長期的には、通貨の力関係は、その国で実際にどれだけのモノが買えるかという実力に引き寄せられていく、というのが動画の説明です。
また動画は、この考え方で為替相場を推測する指標として、各国のビッグマックの価格を比べたビッグマック指数を紹介します。経済学者だけでなく実務家も長期のトレンドを見るときによく参照する有名な指標だと説明しています。
(補足:ビッグマック指数は、英エコノミスト誌が1986年に始めた、購買力平価をわかりやすく見せるための気軽な指標です。国ごとの賃金や原材料費などの違いが価格に入るため、為替レートの厳密な適正水準を示すものではありません。)
(補足:動画の例は、為替レートを2国の物価水準の比で決める絶対的購買力平価の形です(為替レート[円/ドル]=日本の物価水準÷米国の物価水準。300円÷2ドル=150円、300円÷3ドル=100円)。これに対し相対的購買力平価は、物価の変化率の差で為替レートの変化を考えます(1年後のレート=今のレート×(1+日本のインフレ率)÷(1+米国のインフレ率))。自作の数値例で、1ドル=150円、日本のインフレ率2%、米国5%なら、150×1.02÷1.05≒145.7円/ドルで円高方向です(円高は1ドルあたりの円の数が小さくなること)。いずれも、インフレ率の高い国の通貨が安くなる方向は同じです。現実のレートが常に購買力平価と一致するわけではなく、長期的な水準の目安とされています。)
現在と将来をつなぐ時計:金利平価説
最後の4つ目は、現在の為替レートに対して将来のレートがどう動くかを考える金利平価説です。動画は一言で、どの通貨で資産を持っても最終的に同じ収益率になるように為替が決まる理論だと説明します。
ここで聞き手が、さっきの話と矛盾しないかと疑問をぶつけます。
アセットアプローチでは、高い利子を求めて資金が移動するって言いましたよね。だったら、金利の低い国でお金を借りて、金利のとても高い国の通貨に替えて預金すれば、絶対に大儲けできるじゃないですか。無限の錬金術みたいに聞こえますけど。
そう見えますよね。でも、その無限の錬金術が存在しない理由を説明するのが金利平価説なんです。
動画の説明はこうです。儲かると気づいた世界中の投資家が一斉に低金利の円を売って高金利の通貨を買えば、現在の為替レートは急激に上がります。しかし投資家は賢いので、将来、利息を受け取ったあとに円へ戻すときの為替変動リスクを嫌がります。そこで将来、その通貨を売る予約を一斉に入れます。すると将来のレートは下がり、高金利の国で得られるはずだった利子の儲けは、為替の下落で相殺されてしまう、というわけです。
図の数値例(自作、金利と為替は仮の数字)で確かめます。1ドル=150円のとき、150円を円で1年預けると、金利1%で151.5円です。150円を1ドルに替えてドルで預けると、金利5%で1.05ドル。これを1年後に円へ戻す予約のレートが、150×1.01÷1.05≒144.29円/ドルなら、1.05ドル×144.29円≒151.5円となり、円で預けた場合と同じです。高金利のドルを持っても、予約のレートが約3.8%下がるぶん、利子の差が消えます。
動画は、これをスーパーのレジにたとえます。いちばん空いているレジに全員が全力疾走した結果、自分が着いたころにはそこがいちばん長い列になっていて、どの列に並んでも会計にかかる時間は同じになる、という現象です。聞き手は「結局引き分けになっちゃうんだ」「市場の見えざる手って本当にあるんですね」と感心していました。
(補足:動画は、将来の売りの予約を入れることで将来のレートが下がる、と説明しています。これは、あらかじめ為替リスクを避けておく場合(カバー付きの金利平価)の説明に当たります。為替リスクを取ったまま運用する場合は、「将来のレートの予想」が内外の金利差を打ち消すという形で説明されます。動画は両者を区別していません。また、カバー付きの金利平価は、市場の裁定でおおむね成り立つとされますが、カバーなし(将来のレートの予想を使う形)は、現実には高金利通貨がそのまま上がり続けることもあり、成り立ちにくいとされています。金利平価説では、高金利通貨は将来のレートが下がる(先物は割安)と考えるので、アセットアプローチの「高金利の通貨が買われて高くなる」とは時間軸が異なります。)
4つの時計を並べて整理する
動画の最後のリマインドを、表にまとめます。
| 理論 | 動画での位置づけ | 為替を動かす力 |
|---|---|---|
| アセット | 超短期 | 収益性を求める投機的な資金移動 |
| フロー | 短期 | 貿易の決済(輸入増→円安) |
| 購買力 | 長期 | 物価水準の変化(インフレ→通貨安) |
| 金利 | 現在と将来 | 投資家の行動で収益率がそろう |
(補足:アセットアプローチを「短期」、フローアプローチを「中期」と区別する資料もあります。時間軸の言い方は資料により異なるので、動画の整理として受け取ってください。)
動画は最後に、この4つはどれか1つが正解というわけではなく、それぞれが異なる時間軸で同時に作用しながら複雑な為替レートを作り上げている、と強調します。
(補足:資料によっては、金利平価説を、資産(アセット)アプローチの考え方の一つとして扱うことがあります。動画は時間軸で並べるために、独立した4つ目として紹介しています。)
最後の問い:為替介入は時計の針を戻せるか
動画は最後に「思考の種」を投げます。政府や中央銀行が、自国の経済を守るために、無理やりこの時計の針を逆回しにしようとしたらどうなるか。いわゆる為替介入です。巨額の公的資金を投じて強引に為替に介入しても、投機的な資金の群れ、貿易の潮の満ち引き、インフレという巨大な重力に、国家の力は打ち勝てるのか。次に「政府・日銀が為替介入を実施」という速報を見たら、4つの理論を思い出して、結末を自分の目で分析してみてください、という締めくくりです。
(補足:日本では、為替介入は財務省の判断で行われ、日本銀行が実務を担うとされています。動画ではここまでは扱っていません。)
まとめ
動画の4つのポイント
- 超短期:アセットアプローチ。収益性の高い通貨へ投機的な資金が一斉に動き、その通貨の需要が急増して通貨高になる。
- 短期:フローアプローチ。貿易の決済が為替の需給に影響する。輸入が増えると外貨需要が増え、円安になる。
- 長期:購買力平価説。同じモノを買える力で通貨を比べる。米国の物価が上がるとドルの購買力が目減りし、円高・ドル安になる。ビッグマック指数がその例。
- 現在と将来:金利平価説。投資家の行動で、どの通貨で持っても最終的な収益率がそろうように為替が決まる。
どの理論も「何が通貨の需要と供給を動かすのか」という問いに答えています。動画のたとえ(潮の満ち引き、ビッグマック、スーパーのレジ)と、聞き手の渡り鳥のたとえとセットで覚えておくと、4つの区別がつきやすくなります。動画を聞き返しながら、この表と図でもう一度整理してみてください。
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