自由貿易と関税の余剰分析
経済学・経済政策 第49回
動画は、余剰分析の分野にさしかかった受験生に、需要と供給のグラフにたくさんの線が引かれている、と語りかけるところから始まります。このページでは動画の流れにそって、自由貿易の余剰分析、関税をかけたときの3つの余剰の動き、死荷重という損失をまとめました。まず動画を聞いて、あとからここで復習するのがおすすめです。
グラフを丸暗記しない。損得の物語として読む
動画は、余剰分析の分野にさしかかった受験生への語りかけから始まります。需要と供給のグラフにたくさんの線が引かれ、三角形や四角形の面積を求める図形問題が並ぶ。これを足し算・引き算として丸暗記しようとすると、とても苦労する、と動画は言います。そこで動画の目的は、グラフの暗記から抜け出して、面積の変化が意味する「誰が得をして、誰が損をして、それはなぜか」を、音声だけで頭に描けるようにすることだと説明されます。
この回の題材は、自由貿易と関税の余剰分析です。流れは次のとおりです。
- 自由貿易が始まると、消費者・生産者・社会全体の余剰はどう動くか
- そもそも、なぜ関税をかけるのか
- 関税をかけると、3つの余剰はどう動くか
- 社会全体で消える損失、死荷重とは何か
余剰とは「取引に参加するメリットの大きさ」
動画は余剰を、取引に参加することで得られるメリットの大きさ、経済的な恩恵と説明します。「あまり物」のような響きですが、残り物の意味ではありません。攻略の鍵は、市場全体をぼんやり眺めるのではなく、消費者、生産者、国全体という3つの立場に分けて見ること。メリットという名のパイの総量がどう変わるかを、1つずつ分解していきます。
(補足:動画で「メリットの大きさ」と呼んでいる余剰を、グラフでは次のように読みます。消費者余剰は、価格より上で需要曲線より下の三角形。払ってもよい金額と実際の価格との差の合計です。生産者余剰は、価格より下で供給曲線より上の三角形。実際の売値と、最低限ほしい金額との差の合計です。2つを足したものが総余剰です。)
自由貿易が始まる:消費者は大歓迎
動画の設定は、国内で作られている工業用の部品です。国内ではP1という比較的高い価格で取引されていました。ところが海外には、同じ品質の部品がはるかに安いP2という価格で大量に出回っています。動画は、自国で生産されている財より海外の財のほうが安いとき、自由貿易の下では自然に輸入が行われる、と説明します。
まず消費者です。これまでP1でしか買えなかった部品がP2で手に入ります。浮いたお金を別のことに使えますし、この価格ならもっと買おうという人も増えます。グラフでは、需要量が元の水準から右へ、Q2Dまで増えます。結果として消費者余剰は大きく拡大し、動画の言い方では、消費者のお得感を表す上部の三角形が、下に向かって押し広げられるイメージです。
次に国内の生産者です。いきなり安い輸入品が市場に入ってくるので、P1で売れていたものもP2に合わせるしかありません。それでは採算が合わない工場も出てきて、生産を縮小したり、撤退したりします。国内の生産量は元の水準から左へ、Q2Sまで減ります。生産者余剰は縮小し、動画の言い方では、下側のエリアが低い価格のラインに上から押さえつけられるイメージです。
(補足:動画では「需要が拡大する」「供給が減る」と言っていますが、グラフでは需要曲線や供給曲線そのものが動くのではありません。価格が変わったので、曲線の上を動いて需要量や供給量が変わった、という意味です。また動画は述べていませんが、この図は、自国が輸入しても世界の価格P2は変わらないという前提(小国の仮定)で描かれています。大きな国では世界価格も動くため、結論の扱いは資料により異なります。)
社会全体では、総余剰が増える
消費者は得をして、生産者は損をする。では国全体ではどう評価されるのでしょうか。動画は、これが経済学の重要な結論だとして、社会全体の総余剰は自由貿易の前よりも増加すると説明します。
増加するんですか? 生産者はあんなにダメージを受けているのに。
はい、増加します。縮小した生産者余剰のマイナス分を差し引いても、消費者が安くたくさん買えるようになって得たプラス分が、そのマイナスをはるかに上回るからです。
これを数字で確かめてみましょう。ここからは動画にない、私たちが作った設例です。需要を「数量=100−価格」、供給を「数量=価格−20」とします(単位は任意)。国内だけで取引すると、価格P1は60、数量は40です。世界価格P2が30なら、需要量は70、国内の供給量は10、差の60を輸入します。
| 立場 | 自由貿易の効果 | 設例の増減 |
|---|---|---|
| 消費者余剰 | 拡大 | 800→2,450(+1,650) |
| 生産者余剰 | 縮小 | 800→50(−750) |
| 総余剰 | 増加 | 1,600→2,500(+900) |
消費者の増加分1,650のうち、750は生産者から移っただけで、残りの900が社会全体の純増です。図の水色の三角形がこれに当たります。生産者の損を消費者の得が上回る、というのは、この純増があるからです。
では、なぜ自由貿易はそこまで全体の利益を押し上げるのか。動画の答えは資源の効率的な配分です。自由貿易なら、無理に高いコストをかけて国内で作るのをやめ、世界で最も効率よく安く作れる場所から調達できます。聞き手が「得意な人に任せる」と言い換え、講師も同意します。無駄なコストが省かれて最適な場所で生産が行われるため、社会全体の富が最大化される、という説明です。
(補足:「最も安く作れる所から」という言い方は単純化です。経済学の標準的な説明では、絶対的に安く作れるかどうかではなく、他の財と比べて相対的に得意かどうか、つまり比較優位で決まるとされます。また、総余剰が増えるというのは金額の合計の話で、損をする生産者が自動的に救われるわけではありません。)
それでも、なぜ関税があるのか
ここで動画に疑問が出ます。自由貿易が社会全体でプラスなら、なぜ国境には関税があり、時々貿易摩擦が起きるのか。全体の数字だけを見れば、関税など必要ないはずではないか、という疑問です。
全体の数字だけを見れば、関税なんて全く必要ないはずですよね。
そこが現実の複雑なところです。理論上は全体がプラスでも、現実には深刻な打撃を受けた国内の生産者を見過ごせません。
動画の説明では、国全体で利益が出ていても、特定の重要な国内産業が壊滅すれば、大量の雇用の喪失につながります。いざという時の物資不足など、国の根幹を揺るがす問題にも発展しかねません。食料やエネルギーを海外頼みにしすぎると怖い、という話はよく聞きます。そこで苦境に立たされた国内産業を守るために、政府が市場に介入する。それが関税をかける政策の最大の理由だ、と動画は言います。(補足:関税は、輸入される財にかけられる税のことです。)
関税をかける:価格が上がり、生産者は息を吹き返す
関税がかかった後の市場を、順に見ていきます。自由貿易のときの輸入価格はP2でした。ここに政府が関税を上乗せします。関税の金額をT(タックスのT)とすると、国内で売られる価格はP3=P2+Tに上がります。
消費者は、高くなったので買う量を減らします。需要量は左へ、Q3Dまで減り、最大化されていた消費者余剰は削り取られて縮小します。一方、国内の生産者は、P3なら採算ラインに乗る工場が出てきます。供給量は右へ、Q3Sまで増え、縮んでいた生産者余剰は回復します。消費者がメリットを減らす代わりに、国内産業を守れた、という構造です。
そして重要なのが関税の金額です。輸入品に課された関税のT分は、そっくり政府の税収になります。動画はこれを政府余剰という新たな領域として登場させ、関税後の市場には、縮小した消費者余剰、回復した生産者余剰、新たに生まれた政府余剰の3つがある、と整理します。(補足:政府余剰は動画の呼び方です。資料により「関税収入」と呼ばれることもあります。)
設例で確かめます。関税は輸入1単位あたりTの額(従量税)とします。Tを10とすると、国内価格P3は40。需要量は60、国内の供給量は20に変わり、輸入は40になります。関税収入は10×40=400です。
| 立場 | 関税の効果(自由貿易と比べて) | 設例の増減 |
|---|---|---|
| 消費者余剰 | 縮小 | 2,450→1,800(−650) |
| 生産者余剰 | 回復 | 50→200(+150) |
| 政府(関税収入) | 新たに発生 | 0→400(+400) |
| 総余剰 | 減少 | 2,500→2,400(−100) |
(補足:図の記号と数字の対応です。消費者の減少650は、a=150(生産者へ移る)、c=400(政府へ移る)、b=50とd=50(消える)に分かれます。b=0.5×10×10、d=0.5×10×10です。動画は面積の記号までは説明していません。)
死荷重:誰の得にもならない損失
ここからが動画の最大の山場です。3つの余剰を足した社会全体の総余剰は、関税をかける前の自由貿易のときと比べてどうなるか。動画は、政府の税収が加わり生産者も回復したのだから、同じか増えると思う人もいるでしょう、と問いかけたうえで、結論からいえば小さくなると説明します。政府の収入を足しても、生産者が回復した分を足しても、消費者が失った巨大なメリットの減少分をカバーしきれないからです。
誰の利益にもならず、社会全体からぽっかり抜けてしまう損失。これを動画は死荷重(
- 消費の側:関税がなければ買えたのに、価格が上がってあきらめた消費者がいる。需要量がQ2DからQ3Dに減った部分(図のd)で、失われた消費の機会です。
- 生産の側:関税で国内価格が上がったため、本来は海外で安く作れるものを、わざわざ高いコストと資源を使って国内で作ることになる。国内の生産量がQ2SからQ3Sに増えた部分(図のb)で、輸入価格P2より高いコストで追加生産する、資源の無駄遣いです。
動画は、この2つがグラフ上で死荷重として現れると言い、三角形の面積が減ったという表面的なパズルの話ではなく、「買えたはずのものが買えなくなった」「安く作れるものを高く作ってしまう」という経済活動のゆがみが正体だ、とまとめます。設例では、どちらも50で、合わせて100です。
(補足:この関税の図は、自国が輸入を変えても世界価格P2は動かない小国の仮定で描かれています。動画の「関税をかけると総余剰が小さくなる」もこの前提の結論です。大きな国では、関税で輸入が減ると世界価格が下がることがあり、その利得が死荷重を上回る場合もある、と国際経済学では説明されます。)
たとえ話:パイの切り分けと目減り
自由貿易は、パイ全体を大きく焼き上げます。ただし切り分けは変わり、消費者の取り分が増え、生産者の取り分が減ります。関税は切り分けを少し生産者と政府へ戻しますが、そのとき、パイの一部がこぼれ落ちて誰の口にも入りません。こぼれた分が死荷重です。
動画が強調していたポイント
- 動画では、自由貿易で総余剰は増加し、関税をかけると、自由貿易のときより総余剰が小さくなると説明している
- 動画では、死荷重という言葉と、それがなぜ生まれるのかというロジックを理解する必要がある、というやりとりがある
- 動画では、死荷重を消費の側の非効率と生産の側の非効率の2つに分けて説明している
動画の最後の問い:報復関税が続いたら
動画の最後は、リスナーへの問いかけです。関税は自国の特定の産業を守る一方で、自国の経済全体に死荷重という損失を生み出します。では、世界中の国が自国の産業を守ろうとして、お互いに報復するように関税を引き上げ続けたら、資源の効率的な配分や人類全体の富はどうなるでしょうか。動画は答えを出さず、あなた自身の頭の中で考えてほしい、と投げかけて終わります。この回で見た理屈を各国に重ねてみると、ニュースの見方が変わる、というメッセージです。
まとめ
- 余剰は、取引に参加するメリットの大きさ。消費者・生産者・国全体の3つの立場に分けて見る。
- 自由貿易で国内価格が下がると、消費者余剰は拡大、生産者余剰は縮小。ただし社会全体の総余剰は増加する(動画の説明)。
- 動画によると、国内産業の保護(雇用や物資の確保)が関税の最大の理由。関税Tで国内価格はP3=P2+Tに上がる。
- 関税後は、消費者余剰が縮小、生産者余剰が回復、関税収入(動画では政府余剰)が新たに生まれる。
- 3つを足しても自由貿易のときの総余剰には届かず、その差が死荷重。消費の側と生産の側、2つの非効率が中身。
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