ISバランスとアブソープション
経済学・経済政策 第43回
「ある国が抱えている巨大な貿易赤字は、その国の製品の質が悪いからでもなく、単に国内の政府がお金を使いすぎているからだと言ったら、信じますか?」。動画はこんな問いかけから始まります。このページでは動画の流れにそって、ISバランスアプローチとアブソープションアプローチの2つの式と、その意味をまとめました。まず動画を聞いて、あとからここで復習するのがおすすめです。
貿易赤字は、国内の「使いすぎ」のせい?
ある国の巨大な貿易赤字は、製品の質が悪いからではなく、国内の政府がお金を使いすぎているからだ。そう言われたら、信じられるでしょうか。動画は、こんな挑発的な問いかけから始まります。貿易赤字というと、外国に物が売れないとか、国どうしの競争に負けているとか、そういう話を思い浮かべる人が多いはずです。ところがマクロ経済学のレンズを通すと、まったく別の景色が見えてくる、というのがこの回の出発点です。
動画のミッションは、輸出額と輸入額の差である経常収支がどう決まるかを説明する、2つの理論をマスターすることです。
- ISバランスアプローチ(貯蓄投資バランスアプローチ)
- アブソープションアプローチ
数式が苦手でも、式の裏にあるストーリーで理解しよう、というのが動画の姿勢です。このページでも、式を丸暗記せず、意味を言葉にしながら追っていきます。
ISバランスアプローチ:まずは「IS」の意味から
ISは、Investment(投資)とSaving(貯蓄)の頭文字です。動画が示す中心の考え方は、「一国の貯蓄と投資の差額は、その国の貿易収支(経常収支)に一致する」というものです。
ちょっと待ってください。国内の企業の設備投資や国民の貯金の差が、なぜ海の向こうとの取引と、ぴたりと一致するんですか。魔法みたいです。
魔法みたいに聞こえますよね。でもこれは事実です。カギは、GDPを2つの側面から分解してみることです。
GDPを「支出面」と「分配面」から見る
1つ目は、誰が何にお金を使ったかという支出面から見たGDPです。
- C(Consumption):民間の消費。スーパーでの買い物など。
- I(Investment):民間の投資。企業の設備投資など。
- G(Government expenditure):政府支出。公共事業など。
- EX(Export):輸出。ここからIM(Import:輸入)を引きます。
式にすると「GDP=C+I+G+EX−IM」です。輸出から輸入を引いたものが、海外に対する純粋な取引額にあたります。
2つ目は、国全体で稼いだお金が最終的にどう分けられたかという分配面から見たGDPで、「GDP=C+S+T」と表されます。Sは貯蓄、Tは税金です。動画では、自分の給料にたとえて説明されます。毎月の給料の行き先は、生活費などで使う(C)、将来のために貯金する(S)、税金として引かれる(T)の3つだけ。マクロ経済も本質は家計の集まりで、国全体の所得も、最終的には消費・貯蓄・税に回る、という説明です。
式を整理すると、経常収支だけが残る
どちらも同じGDPを別の角度から見ただけなので、イコールで結べます。「C+I+G+EX−IM=C+S+T」。両辺にあるCは消せて、輸出額と輸入額の差だけを左辺に残すと、次の式になります。
ISバランスの式(動画の式)
EX−IM = S−I + T−G
動画はこの式を翻訳しています。左辺のEX−IMは輸出額と輸入額の差、つまり経常収支。右辺のS−Iは貯蓄と投資の差で、民間の貯蓄超過を表します。民間部門がお金をどれだけ余らせているかです。もう1つのT−Gは税収と政府支出の差で、政府の財政収支を表します。集めた税金より使ったお金が多ければマイナスです。
これらを合わせると、経常収支は民間の貯蓄超過と政府の財政収支の合計によって決まる、というのが動画の結論です。
お金の動きとして考えると:需要のあふれ出し
式が成り立つのはわかっても、モノの動きとしてなぜそうなるのか。この疑問に、動画は次のように答えています。
たとえば政府が税収以上にお金を使って財政赤字になったとします。これは、国全体として自分たちが生産している以上のものを欲しがっている状態です。でも国内の生産力には限界があります。需要を国内で賄いきれなくなったら、どうなりますか。
海外から買ってくるしかない。つまり輸入が増えるんですね。
その通りです。では逆に、民間も政府も財布のひもを固くして、生産したものを国内で消費しきれなかった場合はどうでしょう?
国内で売れ残ったものは、海外に売りに行くしかないから、輸出が増えて経常収支は黒字になる。そういう需要のあふれ出しのメカニズムなんですね。
(補足:IS-LM分析の「IS曲線」も、投資(Investment)と貯蓄(Saving)の頭文字が名前の由来で、財市場の均衡を I=S の形で表します。ここでのISバランスは、その貯蓄と投資の差を、経常収支につなげて考える話で、IS曲線そのものを使う話ではありません。)
動画はここから、貿易赤字は単に外国に負けているからではなく、国内で使いすぎていることの結果だ、とまとめます。冒頭の問いかけにつながる話です。
数字で確かめる(補足)
(補足:動画にない、自作の数値例です。式の意味を確かめるためのものです。)GDPを500、民間消費Cを300、民間投資Iを80、税Tを60とします。分配面から貯蓄は S=500−300−60=140 です。政府支出Gが70の場合と、110の場合を並べてみます。
| 項目 | 例1(G=70) | 例2(G=110) |
|---|---|---|
| EX−IM | 50 | 10 |
| S−I | 60 | 60 |
| T−G | −10 | −50 |
| S−I+T−G | 50 | 10 |
EX−IMは支出面から「500−300−80−G」で出しています(例1は50、例2は10)。S−Iは「140−80」、T−Gは「60−G」です。
どちらの例でも、支出面から出したEX−IMと、S−I+T−Gが一致します。例2では、ほかの条件を同じにして政府支出だけが40増えたぶん、EX−IMが40減っています。
2つ目の理論:アブソープションアプローチ
アブソープションは英語で「吸収」の意味です。動画の説明は、経常収支は国内生産と国内需要の差で決まる、というシンプルなものです。国内生産をY、国内需要(内需)をAとし、AはC+I+Gの合計とおくと、式はこうなります。
アブソープションアプローチの式(動画の式)
EX−IM = Y−A(A=C+I+G)
動画のたとえは、国全体を1つの巨大なパン屋さんと見ることです。1年間に作ったパンの総量が国内生産Y、国民みんなで食べた量が内需Aです。作った量Yより食べた量Aが少なければ、パンが余ります。余りは外の町(外国)へ売りに行く。これが輸出で、経常収支は黒字です。逆に、生産が100個なのに食欲が120個分あれば、足りない20個は隣の町から買うしかない。これが輸入で、貿易赤字になります。
数式がただの記号じゃなくて、人間の欲望や国の行動そのものを表しているように見えてきました。
そう思ってもらえると、経済学はすごく面白くなるんですよね。現実にはいろいろなノイズがありますが、根底にある原則は EX−IM=Y−A という法則です。
(補足:計算で確かめると、先の例1ではA=C+I+G=300+80+70=450、Y−A=500−450=50で、EX−IMと一致します。)
2つの式は、実は同じことを言っている(補足)
(補足:動画は2つの理論として紹介していますが、式の上では同じものです。支出面と分配面を使えば、Y=C+S+T、A=C+I+Gなので、Y−A=S+T−I−G=(S−I)+(T−G)となります。どちらも、GDPを使い道から見るか、分け前から見るかの違いです。)
つまり、試験で2つの式が並んで出てきたときも、別々の暗記事項ではなく、同じ関係を言い換えたものとして整理できます。右辺のS−I+T−Gは「国内の貯蓄が投資と財政赤字をまかなって、なお余るぶん」、Y−Aは「国内で作ったものが国内で使われて、なお余るぶん」と読めます。
動画の言い方で気をつけたい点(補足)
ここからは、動画の説明を試験向けに読むときの補足です。
- 貿易収支と経常収支:動画は、EX−IMを「貿易収支」と呼ぶ場面と「経常収支」と呼ぶ場面があります。補足すると、EX−IMは、財とサービスの輸出と輸入の差(純輸出)です。経常収支は、貿易・サービス収支のほかに、第一次所得収支と第二次所得収支を含みます。動画の式は、そうした所得の受け払いを無視して、EX−IMを経常収支とみなす簡略な形、と考えるとよいでしょう。
- 「決まる」は会計上の関係:EX−IM=(S−I)+(T−G)は、GDPの定義から導かれた恒等式です。右辺が原因で左辺が結果、と決まる式ではありません。たとえば財政赤字が増えても、民間の貯蓄が増えれば経常収支は変わらない、ということも式の上ではありえます。財政赤字と経常赤字が同時に起きる状態は「双子の赤字」と呼ばれることがありますが、動画はこの言葉には触れていません。
- 冒頭の「単に政府が使いすぎ」:右辺には民間のS−Iも入っています。民間の投資が貯蓄を上回って大きいことが、経常赤字の背景になる場合もあります。動画の問いかけは、政府の支出に注目させるための単純化と読めます。
- Tの意味:動画ではTは「税金」です。資料によっては、税収から社会保障給付などの移転支出を引いた「純租税」とされます。
(補足:自作の数字で、経常収支の中身を見てみましょう。貿易・サービス収支が−2、第一次所得収支が+5、第二次所得収支が−1(単位は兆円)なら、経常収支は+2です。動画の式のEX−IMは−2に当たる部分だけなので、所得の受け払いが大きい国では、式の左辺と経常収支が大きくずれます。)
(補足:アブソープションアプローチは、為替レートの変化が経常収支に与える影響を考える文脈でもよく使われる、とされています。動画はその点には触れていません。)
試験の場面で
動画では、中小企業診断士の試験では、こうした数式が選択肢として出されることがある、と話しています。2つの式を、言葉とセットで覚えておきましょう。
動画が最後に振り返った2つの式
- ISバランス:EX−IM=S−I+T−G(経常収支は、民間の貯蓄超過と政府の財政収支の合計)
- アブソープション:EX−IM=Y−A(国内生産から内需を引いたもの。作った以上に食べれば、海外から買うしかない)
- どちらも動画の簡略な式(上の補足の前提つき)です
最後に:ニュースをどう読むか
動画は最後に、リスナーへ問いを残します。次に政治家が「わが国の貿易赤字は、海外の不正な取引のせいだ」と主張しているのを見たとき、どう感じますか。動画では、もしその国が巨額の財政赤字を出し、国内で過剰な消費を続けているなら、本当の原因は遠い外国との間ではなく、自分たちの国の内側にあるのかもしれない、と述べています。そして、世界経済のニュースを、この2つの式に当てはめて自分の頭で読み解いてほしい、と結びます。
もちろん、現実の原因は1つとは限りません。上の補足のとおり、式は会計上の関係です。式を手がかりに、国内のお金の流れ(貯蓄・投資・財政)を確かめる、という使い方をするとよいでしょう。
まとめ
- ISは投資(Investment)と貯蓄(Saving)。GDPを支出面(C+I+G+EX−IM)と分配面(C+S+T)から見て等号でつなぐ。
- 共通のCを消すと、EX−IM=S−I+T−G。経常収支は、民間の貯蓄超過と政府の財政収支の合計。
- 政府が税収以上に使うなどで国内需要が生産を上回ると輸入が増え、売れ残りは輸出に回る(需要のあふれ出し)。
- アブソープションアプローチは EX−IM=Y−A(A=C+I+G)。国内生産より内需が大きければ、足りない分は輸入。
- 補足:2つの式は式の上では同じ。EX−IMを経常収支とみなす簡略化があり、「決まる」は原因と結果ではなく会計上の関係。
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