IS曲線
経済学・経済政策 第35回
「中央銀行が金利をほんの少し動かしただけで、近所のパン屋さんが新しいオーブンを買うのをやめてしまうと言ったら、どう思いますか?」。動画はこんな問いかけから始まります。このページでは動画の流れにそって、企業の投資の決め方、投資関数、財市場の均衡、IS曲線の導き方と読み方をまとめました。まず動画を聞いて、あとからここで復習するのがおすすめです。
金利を少し動かすだけで、パン屋はオーブンを買わない?
「中央銀行が金利をほんの少し動かしただけで、近所のパン屋さんが新しいオーブンを買うのをやめてしまうと言ったら、どう思いますか?」。動画はこの問いかけから始まります。金利という1つのつまみが、社会全体の投資や需要の大きさを動かす。その裏側にあるしくみを、この回で見ていきます。
テーマはIS-LM分析の前半、IS曲線です。動画では、IS-LM分析は財政政策や金融政策が経済にどんな効果をもたらすかを測るツールで、財市場と貨幣市場を同時に分析するものだと紹介されます。今回はそのうちの財市場、つまり物やサービスの市場に集中します。名前の由来について、動画では「Iは投資(インベストメント)、Sは貯蓄(セービング)」と説明されています。
数式やグラフが苦手な人も多い論点ですが、動画は「文字の意味と式とグラフの関係を結びつければ、応用が効く得点源になる」という立場で進みます。暗記ではなく、背景のメカニズムをつかむのがこの回の目標です。
企業は投資をどう決める? 収益率と資本コスト
まず投資というエンジンの構造からです。ある企業に、A案からE案まで5つの新規プロジェクトの候補があるとします。企業は収益を最大にしたいので、資金の枠があれば、収益率の高い案から順に実行します。予算が100万円ならA案だけ、300万円ならC案まで、500万円ならE案まで、というイメージです。
ここで動画が示す法則は、追加で手を出すプロジェクトほど、収益率は相対的に低くなっていくということです。A案がいちばん高く、B案、C案と進むほど儲けの割合は下がります。
では、どこまで投資するかの最終的なボーダーラインは何でしょうか。動画では資本コストだと説明されます。資金を市場から調達するには、金利に相当するコストがかかります。そこで、プロジェクトの投資収益率が資本コストを上回っているかどうかが、採用の基準になるわけです。
上の図は、この考え方を自作の数値で描いたものです。収益率がA案12%、B案9%、C案7%、D案5%、E案3%だとします。資本コストが8%なら、上回るのはAとBの2案だけです。ところが資本コストが4%に下がると、AからDの4案が基準を超えます。動画の言う「ハードルが下がれば、承認される投資案が増える」とは、このことです。
(補足:動画では資本コストと利子率をほぼ同じものとして話しています。ここでは「金利に相当するコスト」と説明されているので、そのまま利子率の話として進めますが、現実の資本コストは借入金利だけで決まるとは限りません(財務・会計で学ぶ加重平均資本コストでは、株主資本コストも含めて考えます)。試験の設問では、問題文の与え方にしたがってください。)
投資関数 I=I0-br と、独立投資・利子率弾力性
資本コスト(利子率)が下がると社会全体の投資が増える。この関係を式にしたものが投資関数です。動画では次の形で示されます。
I=I0-b×r(Iは投資額、rは利子率)
式の中のI0は独立投資で、利子率に関係なく行われる投資と説明されます。聞き手は「金利を無視する投資が現実にあるのか」と疑問を投げます。それに対して講師は、放っておくと生産が止まってしまうような設備の更新費用や、法律で義務づけられた安全対策費などを例に挙げます。金利が何%であっても、事業を続けるならやらざるをえない投資です。
つまり、必要な維持費のような投資と、金利を見て判断する攻めの投資を、式の上で分けているわけですね。マイナスbrの部分が、金利を見て判断する攻めの投資、ということですね。
そのとおりです。
ここで動画が注目するのがbです。動画では「投資の利子率弾力性」と呼ばれ、利子率が1単位変化したときに投資がどれだけ敏感に変化するかを示す数値だと説明されます。縦軸を投資、横軸を利子率にしたグラフでは、この直線の傾きにあたります。bが大きい企業ばかりの国なら、金利を少し下げただけで投資が一斉に拡大しやすい。動画は、だから金融政策や財政政策の効果も大きくなる、と説明します。
(補足:bが大きいと、金利の低下で投資が大きく増えるので、金融政策は効きやすくなります。一方、財政政策は逆で、政府支出を増やすと金利が上がって民間の投資が大きく減ってしまう(クラウディングアウト)ため、bが大きいほど効果は小さくなると説明されるのが一般的です。LM曲線とあわせて考える次回以降の論点です。)
(補足:「弾力性」は経済学では「変化率どうしの比」を指すのが一般的です。この式のbは「利子率が1上がったとき投資が何単位減るか」を表す係数なので、資料によっては「利子感応度」などと呼びます。呼び名は違っても、動画が言っているのは同じbの大きさのことです。試験向けの解説でも「投資の利子(率)弾力性」をこの意味で使う資料が多く、厳密な弾力性(変化率の比=b×r÷I)とは別のものとして区別されます。)
財市場の均衡:バスタブで考える総需要と総供給
ただ、投資はあくまで経済を動かす1つのエンジンにすぎません。IS曲線を導くには、財市場全体の需要と供給のバランスを見る必要があります。動画では、供給面から見た国民所得をシンプルにY=Ysとおき、需要面から見た国民所得(総需要)を次のように示します。
Yd=c(Y-T)+C0+I+G
聞き手が「アルファベットの大軍が来ましたね」と言うとおり、いきなり税金のTや政府支出のGが出てきて驚くところです。講師は、経済全体を1つの大きなバスタブにたとえます。バスタブにたまるお湯の量が国民所得、つまり経済規模です。お湯を増やす、つまり需要には種類があります。聞き手はこれを「蛇口」と言い換えます。消費者の買い物である消費C、企業が工場を建てる投資I、政府が公共事業などを行う政府支出Gです。
蛇口から注がれるお湯(総需要)と、国全体で作られたものやサービス(総供給)がぴったり釣り合っている状態が、財市場の均衡、つまりYd=Ysです。式の中のcは、動画では限界消費性向、所得が増えたときにどれだけ消費に回すかの割合と説明されます。消費は税金を引いた後の所得(Y-T)から決まるので、式の形になっています。
IS曲線を導く:ただの右下がりの直線
均衡の式の中のIに、さきほどの投資関数を代入して、利子率rを国民所得Yの関数になるように整理すると、IS曲線の式が得られます。動画の式は聞き取りにくい箇所があるため、ここでは計算しなおした結果を示します。
(補足:Y=c(Y-T)+C0+I0-br+G をrについて解くと、r=-(1-c)/b×Y+(C0+I0+G-cT)/b になります。動画の式はこれと同じ形のものと考えられます。)
動画は、縦軸を利子率、横軸を国民所得とすれば、これは中学数学のy=ax+bと同じ「ただの直線の式」だと指摘します。Yの前についている係数が傾き、後ろの長い塊が切片です。傾きは右下がり、つまりYが大きいほどrが低い関係です。だから、文字の意味を深追いしすぎず、与えられた数値をパズルのように当てはめるだけでよい、というのが講師のすすめです。
とはいえ、記号のパズルで終わらせるのはもったいないと講師は続けます。傾きの分子にある1-cに注目します。cが限界消費性向なら、1-cは所得のうち消費に回らなかった分、つまり限界貯蓄性向です。経済のバスタブから貯蓄という形で漏れていく割合(リーケージ)にあたります。金利が下がって投資が増えても、所得の多くが貯蓄に回ってしまえば、波及効果は小さくなります。この式には、貯蓄のメカニズムがしっかり組み込まれているわけです。
(補足:動画は、投資と貯蓄が交わるからIS曲線と呼ぶ、と説明しています。政府部門がない単純なモデルでは、財市場の均衡はI=Sです。政府支出Gと税金Tを入れると、均衡の条件は I+G=S+T の形になります(Sは民間の貯蓄=Y-T-C、Tは税収)。ここで、動画の式にはGとTが入っているので、厳密にはこの形になる、という点は覚えておくとよいでしょう。)
IS曲線の見方:上は超過供給、下は超過需要
縦軸に利子率、横軸に国民所得をとった右下がりの直線がIS曲線です。動画では、この線の上に乗っている(線上にある)ときが、財市場で需要と供給が釣り合っているちょうどよいバランスだと説明されます。
では、経済がこの直線の上側にずれると、どうなるのでしょうか。動画の流れはこうです。直線より上は、均衡のときよりも金利が高い状態です。金利が高すぎると、企業は投資のボーダーラインを越えられず、投資を控えます。需要の蛇口が絞られるので、作られたものの方が多くなります。つまり、IS曲線より上のエリアは供給が多い(超過供給)、Ys>Ydの状態を表す、と動画では説明されます。逆に直線の下側は、金利が低いため投資が活発になり、需要の蛇口が全開で、需要が多い(超過需要)状態です。グラフの上下を見るだけで、物が余っているのか不足しているのかが分かる、というわけです。
(補足:自作の数値例で確かめます。C0=40、c=0.8、T=50、I0=100、b=20、G=60 とすると、IS曲線は Y=800-100r、つまり r=8-Y/100 になります。r=2のとき、均衡のYは600です。ここで、Y=600のまま利子率だけr=6に上げると、需要は 0.8×(600-50)+40+100-20×6+60=520 となり、供給の600より小さくなります。これが「線の上は超過供給」の中身です。)
傾きがゆるくなると? 切片が大きくなると?
最後に、傾きと切片の変化が経済にどう影響するかです。動画では、まずIS曲線の傾きがゆるくなった場合を考えます。傾きがゆるい、つまり横に寝そべった線になると、縦軸の金利をほんの少し下げただけで、横軸の国民所得が大きく右へ伸びます。動画では、金利の引き下げが国民所得の増加に与える影響が格段に大きくなる、と説明されます。
次に、切片が大きくなってIS曲線全体が上に動く、つまり右にシフトする場合です。講師は、切片の長い塊の中に政府支出Gが入っていたことを思い出させます。政府が橋を作るなどして支出を増やせば、金利が同じままでも国民所得が底上げされ、グラフ全体が右に動きます。
(補足:先ほどの数値例で確かめます。傾きの大きさは(1-c)/b=0.2/20=0.01 です。利子率を2から1に1ポイント下げると、Yは100増えます。bが40なら傾きの大きさは0.005 となり、同じ1ポイントの低下でYは200増えます。また、Gを60から70に10増やすと、Yは 10÷(1-0.8)=10÷0.2=50 増え、IS曲線は50だけ右に動きます。傾きは b と 1-c の両方で決まる点に注意してください。)
傾きが緩くなる、切片が動く、という無機質な言葉が、現実の経済のつまみを少し回しただけで、ボリュームがどう跳ね上がるかに直結しているんですね。数式を国家のダッシュボードのように読む、という感じでしょうか。
そうです。数式の変化は、現実の経済のつまみを回したときの変化と直結しています。
動画の最後の問いと次回予告
動画は最後に、思考の種を渡します。明日あなたが企業のプロジェクトリーダーに任命され、世の中の金利がほんの少し下がったというニュースを聞いたとします。あなたの会社の投資判断は、今日学んだ小文字のb(利子率弾力性)の大きさに応じて、どれだけ敏感に反応してプロジェクトを拡大させるでしょうか。自社のことを想像してみてほしい、という問いです。聞き手は、自社のbが大きいか小さいかを想像するだけで、経済ニュースが違った解像度で見えてくると続けます。
次回は、もう1つの主役である貨幣市場の均衡、LM曲線を掛け合わせます。2つの線が交わるとき、マクロ経済全体の姿が浮かび上がる、と予告されています。
まとめ
動画の要点
- 企業は収益率の高い投資案から実行し、投資収益率が資本コスト(金利)を上回る案が採用される。金利が下がると採用される案が増え、投資が増える。
- 投資関数は I=I0-br。I0は金利に関係なく行われる独立投資で、bは利子率に対する投資の敏感さ(動画では利子率弾力性)。
- 総需要は Yd=c(Y-T)+C0+I+G。総供給 Ys(=Y)と等しいときが財市場の均衡。
- 投資関数を均衡式に代入して整理すると、縦軸r・横軸Yの右下がりの直線(IS曲線)になる。傾きの分子の1-cは限界貯蓄性向。
- IS曲線の上側は超過供給、下側は超過需要。傾きがゆるいと金利低下の効果が大きく、切片が大きくなる(Gの増加など)と曲線は右に動く。
式の暗記ではなく、「金利が下がる→投資が増える→需要が増える→所得が増える」という流れと、貯蓄という漏れの存在を、式やグラフに結びつけるのがこの回の中心です。次回のLM曲線とあわせて、IS-LM分析の全体像になります。
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