コトラーが描くマーケティング1.0から5.0への進化の軌跡
企業経営理論 第22回
「完璧な機能を持った製品を作って、価格も手ごろで、しかもあらゆる店頭に並べたとしますよね。それなのに、なぜか全く売れない」。動画はこんな問いかけから始まります。このページでは動画の流れにそって、マーケティングの定義から、コトラーの1.0〜5.0への進化、ソーシャルマーケティングとソサイエタルマーケティングの違いまでをまとめました。まず動画を聞いて、あとからここで復習するのがおすすめです。
完璧な製品なのに、なぜか売れない
機能は完璧で、価格も手ごろで、しかもあらゆる店頭に並べた。それなのに、なぜか全く売れない。100年前なら考えられなかったこの現象は、現代のビジネスではまったく珍しくありません。
その理由を、動画は「消費者が進化し、それに伴ってマーケティングという概念そのものが劇的に姿を変えてきたから」と説明します。このページも、キーワードの丸暗記ではなく、「なぜ企業はそう動かざるを得なかったのか」を、人間の欲望とビジネスの進化の物語としてたどります。理由がわかれば、少しひねった問題が出ても、迷わず答えを導けるようになります。
そもそも、マーケティングとは何か
出発点は、米国マーケティング協会(AMA)が2007年に定めた定義です。少し長いのですが、試験対策の土台になります。
AMAのマーケティングの定義(2007年)
マーケティングとは、顧客、クライアント、パートナー、さらに広く社会一般にとって価値のあるオファリングスを、創造・伝達・提供・交換するための活動と、それに関わる組織・機関、および一連のプロセスのことである。
聞き慣れない言葉はオファリングスでしょう。製品そのものだけなら「プロダクト」と言えば済みます。オファリングスはもっと広く、製品はもちろん、それに付随するサービスや接客という体験、ブランドが持つ世界観、アイデアなど、顧客に提供される価値の総体(パッケージ全体)を指します。
ちょっとストップです。いきなりスケールが壮大になりましたね。オファリングスって、要するに製品のことですか。
いい質問です。製品だけでなく、サービスや体験、ブランドの世界観やアイデアまで含めた、価値のパッケージ全体なんです。
ということは、マーケティングって、物を売りつけるテクニックではないんですね。企業と顧客、そして社会全体に、価値という血液を巡らせる巨大な循環システムみたいなものだな、と思いました。
その例えは的確ですね。相手が求める価値をつくり、存在を知らせ、実際に届け、最後に対価と交換する。この循環全体をデザインして管理することが、本来のマーケティングです。
定義のポイントを整理すると、次のとおりです。
- 4つの動き:価値を創造し、伝達し、提供し、交換する
- 対象:顧客だけでなく、クライアント、パートナー、そして社会一般にとって価値があること
- 範囲:個々の活動だけでなく、それに関わる組織・機関と、一連のプロセスまで含む
(補足:動画にない話です。AMAの定義は、2004年版では「組織の機能」と説明されていました。2007年版で「活動、組織・機関、プロセス」という広い言い方に変わり、「交換」と「社会一般」が明確に入りました。社会を視野に入れた定義だという点は、あとで出てくるソサイエタルマーケティングの話ともつながります。)
コトラーが描くマーケティングの進化:1.0から5.0へ
もちろん、企業は最初からこんなに広い視野を持っていたわけではありません。昔はもっとシンプルでした。市場環境が変わるたびに、企業が生き残るための「正解」も変わってきました。この進化の過程を体系化したのが、フィリップ・コトラーが提唱したマーケティングコンセプトです。試験でも頻出の内容です。
マーケティング1.0:製品中心
最初の段階は、完全に製品中心でした。企業がいかに効率よく、大量に、機能的なものを作って、広く流通させるか。つまり製品管理に焦点が当たっていました。
今の感覚では「良いものを作れば勝手に売れる」という考え方は、企業本位で傲慢に聞こえるかもしれません。ですが、当時はこれが論理的な大正解でした。産業革命以降の世の中は圧倒的な物不足で、需要が供給をはるかに上回っていたからです。顧客の細かい好みを聞いている暇があったら、生産ラインの効率を上げて1つでも多く送り出すほうが、社会にも企業にも利益が大きかったのです。
たとえ話:冷蔵庫がない時代
冷蔵庫がない時代に、「どんなデザインの冷蔵庫がほしいですか」と聞く人はいません。「とにかく冷える箱を早く売ってくれ」となるはずです。需要が供給を上回る市場では、作れば売れるのです。
マーケティング2.0:消費者志向
ところが、各社がこぞって大量生産を続けると、どこかで市場に物があふれます。供給が需要に追いつき、追い抜いた瞬間、ゲームのルールが根本から変わりました。消費者が「どれを買おうかな」と選べるようになったのです。
ここで企業は、製品の機能だけでなく、消費者のニーズを満たすことを目的とする消費者志向へ舵を切りました。焦点は製品管理から顧客管理へ移ります。私たちが普通「マーケティング」と聞いてイメージする、ターゲットを絞り、リサーチをして、という手法は、この段階で生まれました。企業と消費者の力関係が逆転した、重要なターニングポイントです。
マーケティング3.0:価値主導
しかし、人間の欲望には際限がありません。物質的な欲求が満たされて、どの企業の製品もそこそこ良くて便利、という状態になると、人は単なる機能や利便性だけでは商品を選ばなくなります。そこで企業は、より高い次元の価値を提供せざるを得なくなりました。
これがマーケティング3.0(価値主導のマーケティング)です。個人のニーズだけでなく、世界をより良い場所にすることにも焦点を当て、社会的価値も考慮に入れたブランド管理が重視されるようになりました。
ちょっと意地悪な見方をしていいですか。環境問題や社会貢献をアピールするのって、結局は良い企業に見せて、商品を高く売るための巧妙なマーケティングの変形なんじゃないでしょうか。消費者も、企業の理念なんて本気で気にしているんでしょうか。
鋭い指摘です。実際、表面的なアピールで終わる企業も少なくありません。ただ、現代の消費者はSNSの普及で、企業の嘘を簡単に見抜くようになりました。
実態が伴わないのに環境に優しいふりをして、炎上するケースがありますね。
いわゆるグリーンウォッシュです。一瞬で炎上して、ブランドにとって致命傷になります。だからこそ、企業の本業と社会的価値が本質的に結びついているパーパス(存在意義)への共感が、長期的な利益を生む不可欠な要素になっているんです。
つまり3.0の世界では、表面的なテクニックではなく、本気で社会と向き合わないとビジネスが成立しません。
マーケティング4.0:自己実現
時代はさらにパーソナルな領域へ進みます。マーケティング4.0の根底にあるのは、マズローの欲求段階説における「自己実現」です。人間が最終的に求めるのは、物質や他人からの承認を超えた、自分が本当にありたい姿になることだ、という考え方です。
そのため4.0の目的は、企業が提供する価値観と、顧客自身の価値観が一致して、企業が顧客の自己実現をサポートすることになります。
動画は、ランニングシューズを例に、2.0から4.0の違いを次のように説明しています。
| 段階 | 訴える価値 | ランニングシューズの例 |
|---|---|---|
| 2.0 | 機能性 | 軽くて走りやすい |
| 3.0 | 社会的価値 | 環境に配慮した素材で作られている |
| 4.0 | 価値観の共有と自己実現 | このブランドのシューズを履いてコミュニティに参加することで、限界に挑戦するアスリートとしての自分になれる |
4.0では、顧客の人生の物語に、ブランドが伴走者として組み込まれます。消費者と企業は一方的な関係ではなく、同じ価値観を持って自己実現に向かうパートナーになります。こうなると、多少価格が高くても、他のブランドには浮気しなくなります。
(補足:動画にない話です。マズローの欲求段階説は、下から順に、生理的欲求、安全の欲求、所属と愛の欲求、承認(尊重)の欲求、自己実現の欲求の5段階です。4.0は、一番上の自己実現にあたる段階を、マーケティングの目的に置いたものと理解すると整理しやすくなります。原書の副題は「伝統からデジタルへ」で、デジタル時代の顧客の動きを扱います。自己実現という整理は、日本の解説でよく使われる言い方です。また、コトラーの4.0では、顧客が商品を知ってから推奨するまでの流れを、認知(Aware)、訴求(Appeal)、調査(Ask)、行動(Act)、推奨(Advocate)の5Aで表すフレームワークも示されています。)
マーケティング5.0:テクノロジー活用
そして近年、その究極形ともいえるマーケティング5.0が提唱されています。ここでは、AIやビッグデータといった最新のテクノロジーが主役になります。
4.0で重視した、顧客1人ひとりの自己実現への伴走を、人間の勘や経験ではなく、データ分析を駆使して、極めて高い精度で、しかもリアルタイムに提供し、顧客体験価値を高めていく手法です。動画の例では、スマートウォッチなどが健康データを分析し、私たちが「疲れたな」と自覚するよりも前に、AIが最適なリフレッシュプランや食事を提案してくれる世界です。テクノロジーを使って、1対1の究極の体験価値をスケール(大量展開)させるわけです。
(補足:動画にない話です。コトラーらが2021年に刊行した『Marketing 5.0: Technology for Humanity』は、人間のために技術を使うという考えを掲げ、AIなど人の働きをまねる技術(ネクストテック)を顧客体験づくりに使う方法を扱います。背景には、世代間のギャップ、富の二極化、デジタルディバイドがあります。)
ここまでの流れを、「なぜ変わったのか」という背景とあわせて表にすると、次のようになります。
- 1.0:産業革命以降の物不足で、需要が供給を上回る → 効率よく大量に作り、広く流通させる(製品中心・製品管理)
- 2.0:供給が需要を追い抜き、消費者が選べるようになる → ターゲットを絞り、ニーズを満たす(消費者志向・顧客管理)
- 3.0:物質的な欲求が満たされ、機能だけでは選ばれなくなる → 世界をより良い場所にする(価値主導・ブランド管理・パーパス)
- 4.0:個人の内面が重視される → 価値観を共有し、顧客の自己実現を支える(自己実現・マズローの欲求段階説)
- 5.0:AIやビッグデータなどのテクノロジーを使えるようになる → 1人ひとりに高い精度で体験価値を届ける(テクノロジー活用)
一貫しているのは、市場の状況が変わるたびに、企業が生き残るための「正解」が変わってきたという点です。どの段階も、その時代には合理的な選択でした。古い段階が間違いだったわけではなく、前の段階を土台にして次の段階が重なっていく、と考えるとイメージしやすくなります。
試験ではここに注目:1.0〜5.0の対応
- 1.0=製品中心(製品管理)、2.0=消費者志向(顧客管理)、3.0=価値主導(社会的価値・ブランド管理)、4.0=自己実現(マズローの欲求段階説)、5.0=テクノロジー活用(AI・ビッグデータ)
- 切り替わりの理由は、供給が需要を追い抜いた(1.0→2.0)、物質的な欲求が満たされた(2.0→3.0)、のように時代背景で覚える
- 3.0の鍵は社会的価値、4.0の鍵は自己実現。この2つは特に混ざりやすいので、ランニングシューズの例で区別する
1.0から5.0への進化って、企業が人間の深い内面へ潜り込んでいく歴史そのものですね。
本当にそうですね。工場の効率から、顧客のニーズ、社会の価値観、そして1人ひとりの自己実現へと、関心の向かう先が内側へ進んできました。
進化の途中で撒かれた種:ソーシャルマーケティング
テクノロジーが極まる5.0は未来的ですが、実はこの進化の途中で撒かれたある種が、現代のビジネスで、もう1つの巨大な柱に育っています。3.0で登場した社会的価値というキーワードから派生した、ソーシャルマーケティングの領域です。これも試験で頻出のテーマです。
ソーシャルマーケティングは、社会的な観点を含んだマーケティング概念の総称で、大きく3つに分かれます。
- 非営利組織(NPOなど)のマーケティング
- アイデアや社会的主張のマーケティング
- 社会的利益を考慮したソサイエタルマーケティング
ソーシャルとソサイエタルの違い
ここで多くの人が混乱します。ソーシャルマーケティングの中にソサイエタルマーケティングがある、というのは、文字面だけ見ると非常に紛らわしいですよね。動画の整理は、次のとおりです。
- ソーシャルマーケティング=大きな傘。NPOの活動なども含む、幅広い社会的アプローチ全般
- ソサイエタルマーケティング=その傘の中の1つ。主に営利企業が、ビジネスとして行うもの
ソサイエタルマーケティングとは、企業が自社の利益を追求し、消費者の欲求を満たすだけでなく、同時に長期的な社会全体の利益や福祉も考慮に入れながら行うマーケティング活動のことです。つまり、「企業の利益」「消費者の欲求」「社会の利益」の3つのバランスを取るのが定義になります。
試験ではここに注目:ソーシャルとソサイエタル
- ソーシャルは傘(総称)、ソサイエタルは傘の中の1つで、営利企業が行うもの
- ソサイエタルの定義は、企業の利益・消費者の欲求・社会の利益の3つのバランス
- ソーシャルの3つ:非営利組織のマーケティング/アイデア・社会的主張のマーケティング/ソサイエタルマーケティング
(補足:動画にない話です。ソーシャルマーケティングという言葉は、本によって使い方に幅があります。社会的な課題の解決のために人々の行動を変えてもらう活動(たとえば、禁煙や献血の啓発)を指す、狭い意味で使われることもあります。試験の解説では、ソーシャルを「非営利組織のマーケティング」と「ソサイエタルマーケティング」の2つに大別する書き方もあります。このページは、動画と同じ「総称」としての整理にそろえています。)
ソサイエタルマーケティングの2つの手法
試験対策として、ソサイエタルマーケティングの具体的な手法を2つ押さえましょう。
グリーンマーケティング
環境負荷をかけない製品開発やプロモーションを行うマーケティングです。環境に配慮した素材を使う、といった取り組みがこれにあたります。なお、3.0の話に出てきたように、実態が伴わず「環境に優しいふり」をすると、グリーンウォッシュとして炎上します。
コーズリレーテッドマーケティング
もう1つがコーズリレーテッドマーケティングです。商品やサービスの売上の一部を、特定の社会課題の解決のために寄付したり、還元したりする手法です。たとえば、「このミネラルウォーターを1本買うと、途上国の子どもたちに安全な水が10リットル寄付されます」というキャンペーンです。
なぜ、この手法がこれほど多くの企業に取り入れられているのでしょうか。動画は、そのメカニズムを消費者側と企業側の両方から説明しています。
【消費者側のメリット】
日々の買い物には、「ついつい買いすぎちゃった」という小さな罪悪感がつきものです。しかし、この仕組みを通すと、「買い物をした」のではなく「社会貢献をした」という、精神的な充足感、心理的なメリットを得られます。普段どおりの行動をするだけで、社会に良いことができるので、参加のハードルが低いのです。
【企業側のメリット】
では、企業は寄付で利益が減るだけなのでしょうか。実は、財務的にも理に適っています。現代は、新規顧客を獲得するための広告費(顧客獲得コスト)が非常に高騰しています。ところが、コーズリレーテッドマーケティングで「この企業は素晴らしい理念を持っている」と消費者が共感してくれれば、莫大な広告費をかけなくても、自発的に商品を選んでくれるロイヤルカスタマーになってくれます。結果として、寄付に回す金額以上の利益とブランド価値の向上が、企業にもたらされます。
社会課題も解決に向かうので、まさに三方よしのビジネスモデルです。利益を上げることと社会を良くすることが、トレードオフ(あちらを立てればこちらが立たない関係)ではなく、完全に同じ方向を向いています。この「社会貢献とビジネスの融合」が、ソサイエタルマーケティングの神髄です。
全体を振り返ってみよう
動画のまとめを、ひとつの流れで確認しておきます。
- マーケティングは、販売のテクニックではなく、価値の創造と交換のプロセス
- 時代とともに、物の機能性を売る1.0、消費者のニーズに応える2.0、社会の価値観を重視する3.0、マズローの欲求段階説に基づいて自己実現を支える4.0、テクノロジーを活用して最高の顧客体験を提供する5.0へ進化
- 社会をより良くするソーシャルマーケティングという大きな傘の中に、営利企業がビジネスと社会貢献を両立させるソサイエタルマーケティングがあり、実践がグリーンマーケティングとコーズリレーテッドマーケティング
「なぜ変化したのか」という背景のメカニズムを理解していれば、本番で少しひねった問題が出ても、迷わず正解を導けます。
おまけ:思考の種
動画の最後に、リスナーへの問いかけがありました。4.0で企業のブランドと私たちが一体となって自己実現を目指し、5.0のAIがそのプロセスを完璧にサポートしてくれる世界は、確かに便利で快適です。でも、もし未来のAIが、私たちが「これがほしい」「こういう自分になりたい」と自覚するよりも前に、無意識のデータを読み取って、自己実現の道筋をすべて目の前に用意してしまったら。私たちは究極のサービスに囲まれて最高の幸福を手に入れるのでしょうか。それとも、遠回りをして悩んだり、時には間違えたりしながら、自ら選び取る自由を、知らないうちに手放してしまうのでしょうか。診断士1次試験のテキストに、未来の答えまでは載っていません。勉強に疲れたら、自分がどんなマーケティングの世界を生きたいか、考えてみるのもいいリフレッシュになります。
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