差額原価収益分析『「埋没原価」と「機会原価」』
財務・会計 第22回
動画は、分かっているようで腹落ちしていない論点ってありますよね、という共感から始まります。このページでは動画の流れにそって、差額原価収益分析の3ステップと判断のルール、計算を狂わせる埋没原価(サンクコスト)と機会原価の違い、最後に残される長期の視点への問いをまとめました。まず動画を聞いて、あとからここで復習するのがおすすめです。
分かっているようで腹落ちしない論点
動画は、診断士試験の勉強をしていると、分かっているようで腹落ちしていない論点がけっこうある、という共感から始まります。その代表格として挙がるのが、このページの主役、差額原価収益分析です。短期的な意思決定で使う手法ですが、動画は公式だけでなく「その裏にある考え方」を掘り下げると言い、コンサルタントとしての思考のOSをインストールするようなものだとたとえます。
計算問題とだけ見るのはもったいない、というのも動画の立場です。複雑に見えるビジネスの選択肢を、シンプルかつ合理的に判断するためのフレームワークであり、経験に頼りがちな経営者に「数字で見るとこちらの選択がこれだけ有利ですよ」と客観的な根拠を示す武器になる、と説明されます。この回で押さえるのは、次の3点です。
- 2つの案の差だけを比べる、3つのステップ(差額収益・差額原価・差額利益)。
- 差額利益のプラス・マイナスで決める、判断のルール。
- 計算を狂わせる2つの原価。埋没原価(サンクコスト)と機会原価。
(補足:動画は「短期的な意思決定」の手法と紹介します。一般には、設備の規模のような大きな枠組みは変えずに、いまある能力の使い道を選ぶ場面を指すと説明されますが、短期・長期の切り分け方は資料により異なります。)
家具工房の2つの案
動画の舞台は、腕のいい職人さんがいる小さな家具工房です。目の前に選択肢が2つあります。
- A案:あるビジネスホテルから、シンプルなデスクを100台まとめて作ってほしいという注文を受ける。
- B案:ホテルの注文は断り、これまで通り、利益率の高いオーダーメイドのテーブルを個人のお客さん向けに作り続ける。
「さあ、どうやって比べますか?」と動画は問いかけます。多くの人は、A案の総売上と総費用、B案の総売上と総費用を全部計算して、それぞれの利益を比べようとする、と動画は指摘します。間違いではありませんが、もっとスマートな方法がある、というのです。それが2つの案の差だけに着目する方法です。
差だけですか。ということは、両方に共通する部分、たとえば工房の家賃とか自分の給料とかは、どちらの案を選んでも変わりませんからね。
その通りです。変わらないものは、最初から比較の土俵から下ろしてしまうんです。
動画は金額を出していません。ここからは、理解のための動画にない設例で考えます(単位は万円)。
| A案(ホテル) | B案(個人客) | |
|---|---|---|
| 売上 | 300(100台×3) | 250 |
| 材料費・残業代など | 200 | 120 |
| 家賃・給料など | どちらを選んでも同額 | |
差だけを見る3つのステップ
動画は、具体的には3つのステップで考えると説明します。
- ステップ1:差額収益。A案を選んだ場合の収益から、B案を選んだ場合の収益を引く。動画の例では、ホテルのデスク100台の売上から、通常通り作っていた場合のオーダーメイドテーブルの想定売上を引きます。
- ステップ2:差額原価。A案で発生する原価から、B案で発生する原価を引く。ホテルのデスクの材料費や職人さんの残業代から、オーダーメイドテーブルの材料費を引くイメージです。
- ステップ3:差額利益。差額収益から差額原価を引く。この数字が判断のよりどころになります。
設例で計算すると、差額収益は300−250=50、差額原価は200−120=80、差額利益は50−80=−30(万円)です。
計算の仕組みは明快ですね。変わる部分だけを抜き出して、その差を見るわけですか。
はい。変わらない部分は、そもそも結論に関わりません。
(補足:動画にない確認です。式を組み替えると、差額利益はA案の利益からB案の利益を引いたものと同じになります。設例では(300−200)−(250−120)=100−130=−30です。共通の家賃や給料を含めて両案の利益を出して引いても、同額どうしは引き算で消えるので、答えは変わりません。差だけを見るのは、近道なのです。)
判断のルール:差額利益はプラスかマイナスか
動画によると、判断基準は驚くほど明解です。計算した差額利益がプラス、つまり0より大きければ、A案(ホテルの注文を受ける)が有利と判断します。マイナスならB案です。
たったそれだけですか。たとえば差額利益がプラス1万円だったとして、A案に決めてしまっていいんでしょうか。あまりにシンプルで、少し不安です。
いい質問ですね。そこがこの分析の強みであり、同時に注意点でもあります。このルールは、短期的な経済合理性という1点に絞ったときの、最も客観的な判断基準なんです。
動画はこう続けます。ホテルとの取引は面倒くさそうだ、いつもお世話になっている個人のお客さんを断るのは気が引ける、といった感情的な要素を、いったんすべて排除する。そして純粋に、どちらが会社にキャッシュを多く残すかという観点だけで見れば、答えは差額利益がプラスかマイナスかで決まる。これが基本のセオリーだというのです。
(補足:動画にない話です。差額利益がちょうど0なら、数字の上ではどちらでも同じです。また、売上や原価は見積りの数字なので、差が小さいときは、見積りの前提が少しぶれただけで結論が入れ替わる可能性があります。設例は−30万円なので、B案が有利です。)
罠その1:埋没原価(サンクコスト)
ここからが、この分析の面白いところであり、差がつくポイントだと動画は言います。意思決定を歪ませる特殊な原価が2つあるのです。1つ目が埋没原価、いわゆるサンクコストです。
動画の定義はこうです。意思決定をするかしないかに関わらず、すでにお金が出ていってしまっていて、もうどうやっても回収できないコスト。家具工房の例では、1年前に「将来はホテル向けのビジネスもいいかもしれない」と考えて、50万円の市場調査レポートを買っていたとします。
サンクコスト、よく聞く言葉ですね。もったいないという感情の正体みたいな。今回ホテルから話が来たら、あの50万円のレポートが無駄にならなかった、この話は絶対に受けるべきだと考えてしまいそうです。
それが典型的なサンクコストの呪縛です。その50万円は、ホテルの注文を受けるか断るかという未来の意思決定には一切関係ありません。
どちらの案を選んでも50万円は戻ってきません。つまり、A案とB案の差に影響を与えないので、差額原価の計算からは完全に無視(除外)します。動画は、このもったいないという感情と未来の合理的な判断を切り離せるかどうかが、経営者やコンサルタントの腕の見せどころだと述べます。
設例で、間違った扱いをするとどうなるか確かめてみます(動画にない補足です)。
| 扱い方 | 差額利益 | 結論 |
|---|---|---|
| 50万円は除外(正しい) | −30 | B案が有利 |
| 「元を取りたい」と50を足す | −30+50=+20 | A案が有利(誤り) |
| 50をA案だけの原価に入れる | −30−50=−80 | B案が有利(数字は誤り) |
2行目のように「無駄にしたくない」という気持ちが数字に入り込むと、結論がひっくり返ります。問題文に「すでに購入した」「過去に支払った」といった金額が出てきたら、まず、その金額は選択によって変わるのかを確かめましょう。
罠その2:機会原価
もう1つの注意すべき原価が機会原価です。動画によると、これはサンクコストとは逆に、会計帳簿には載ってこないのに、意思決定の計算には含めなければならないコストです。
え、帳簿にないコストですか。それは少し捉えにくい概念ですね。
ここで重要になるのが、選ばなかった方の選択肢に目を向けるという視点です。機会原価とは、ある案を選んだことで失われた、もう一方の案を選んでいれば得られたはずの利益のことです。
家具工房の例では、こうなります。ホテルの注文を受けるA案を選ぶと、工房の生産能力はすべてデスク作りに使われます。すると、B案のオーダーメイドテーブルを作って売ることはできません。つまり、テーブルを売っていれば得られたはずの利益を諦める(犠牲にする)ことになります。この諦めた利益が、A案を選ぶときの機会原価です。
実際に財布からお金が出ていくわけではありません。それでも、A案を選ぶという決定そのものが、B案の利益を失うというコストを生んでいると考えます。動画は、経済学的にも立派なコストだと述べます(経済学では機会費用とも呼ばれます)。
この見えないコストをA案の原価に足さないと、A案が過大に評価されて、判断を誤る可能性がある、というのが動画の警告です。設例で見ると、A案だけを見れば、売上300から原価200を引いて100万円の黒字です。でも、B案なら130万円の利益が得られたはずなので、機会原価130を引くと、A案の評価は100−130=−30万円になります。
(補足:動画は、差額の3ステップと機会原価を、別々の話として説明していました。この2つは同じ計算の別の言い方です。3ステップの中で、B案の収益と原価はすでに引き算に入っており、設例の−30は、機会原価を含めた評価と一致します。そこへさらに機会原価の130を加えると二重に数えてしまい、100−130−130=−160のような誤りになります。どちらか一方の見方で計算しましょう。)
(補足:もう1点。動画の設例は、工房の生産能力がすべてデスク作りに使われて、両方は作れない前提でした。もし能力に余裕があって両方作れるなら、犠牲にする利益は小さくなります。機会原価を考えるときは、まず何と両立できないのかを確かめるのが出発点です。)
2つの原価を見分ける
動画は、ここで2つの違いをまとめます。聞き手が「サンクコストは過去のコストだから分析から無視する」「機会原価は未来に失う利益だから、目に見えなくてもコストとして分析に含める」と整理すると、講師は「まさにそこが核心です」と応じ、試験で問われるのも多くはこの2つのコストの取り扱いを正しく理解しているかという点だ、と述べます。
| 埋没原価 | 機会原価 | |
|---|---|---|
| いつの話か | 過去にすでに出たお金 | これから失う利益 |
| お金の動き | すでに出ていった | 財布からは出ない |
| 分析での扱い | 無視(除外) | コストとして含める |
| 見落とすと | もったいない気持ちに引きずられる | 案を過大評価する |
試験の注目点(動画の整理にそって)
- 動画では、差額原価収益分析の核は、選択によって何が本当に変わるのかという差分だけを見ること、と整理されている。
- 埋没原価は除外、機会原価は含める。動画は、この区別を試験で問われやすい点としている。
- 差額利益がプラスならA案、マイナスならB案。これは短期的な経済合理性に絞った判断基準と断られている。
動画の最後の問い:長期の視点を入れたら?
動画は、ここまでの話を整理したうえで、この分析の本質は、選択によって何が本当に変わるのかという差分だけに思考を集中させ、サンクコストのような過去のノイズや両方の案に共通する要素を意識的に削ぎ落とす、思考の訓練そのものだと言います。そして最後に、聞いている人へ問いを投げかけます。
今回学んだ分析は、あくまで短期的な経済合理性を追求するツールでした。では、長期的な視点を加えるとしたらどうでしょう。たとえば家具工房の例で、ホテルの注文の差額利益がマイナスだったとします。しかし、この仕事をやり遂げればホテル業界での評判が高まり、将来の大きな受注につながるかもしれません。あるいは職人のスキルアップにつながるかもしれません。数字で測りにくい長期的な価値を考えると、「差額利益がプラスならA案」というルールはどう変わるのか。あなたがコンサルタントなら、経営者にどう助言しますか。動画は、この問いに答えを示さないまま終わります。
(補足:動画にない、考え方の一例です。設例の−30万円は、見方を変えれば、ホテルの注文を受けるために今回あえて払う金額です。将来の受注やスキルアップの価値が、その30万円を上回りそうかを、できるだけ具体的な数字に置き換えて経営者と話し合う、という助言が考えられます。ただし、将来の見込みは不確実なので、根拠をそろえて慎重に見積もる必要があります。)
まとめ
- 差額原価収益分析は、2つの案の差だけを比べる短期的な意思決定の手法。共通の費用は比較から外す。
- 手順は、差額収益(A−B)、差額原価(A−B)、差額利益(差額収益−差額原価)の3ステップ。
- 差額利益がプラスならA案が有利、マイナスならB案が有利。これは短期的な経済合理性に絞った基本のセオリー。
- 埋没原価(サンクコスト)は、すでに出ていって回収できないお金。選択で変わらないので、計算から除外する。
- 機会原価は、選ばなかった案を選んでいれば得られた利益。帳簿には載らないが、コストとして含める。
- 動画にない設例:差額利益は−30万円でB案が有利。埋没の50万円を足すと+20で結論が逆転してしまう。
- 差額の3ステップと機会原価は同じ計算の別の言い方。両方を重ねて数えない。
- 数字で測れない長期的な価値は、この分析の外にある。動画は、その扱いを最後の問いとして残している。
動画は、この分析を単なる計算ではなく、複雑ななかから判断に必要な情報だけをクリアに抜き出すための思考のフレームワークと位置づけます。「何が変わるのか」「何はもう変えられないのか」「何を諦めることになるのか」。この3つの問いを頭に置いて問題文を読むと、数字の取捨選択が楽になります。
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