取締役の義務と取締役会の役割
経営法務 第26回
「もしあなたが、自分のミスでもない会社の損失に対して、個人の全財産を投げ打って数億円の賠償をしなければならないとしたら、どうしますか」。動画はこんな問いかけから始まります。このページでは動画の流れにそって、取締役の義務と責任、取締役会が決める事項と決議の方法、そして取締役会による監督と報告のルールをまとめました。まず動画を聞いて、あとからここで復習するのがおすすめです。
もし自分のミスでもない損失で、数億円を請求されたら
「自分のミスでもない会社の損失に対して、個人の全財産を投げ打って数億円を賠償しなければならないとしたら、どうしますか」。動画は、こんな少しぞっとする問いかけから始まります。出世のゴールと思われがちな取締役は、華やかなイメージとは裏腹に、厳しい義務と責任を背負っている、というのが今回のテーマです。
動画の狙いは、丸暗記ではなく、取締役の大きな権力と表裏一体の義務を結びつけて理解することです。流れは大きく3つです。
- 取締役個人の義務と責任:善管注意義務、忠実義務、競業避止義務、利益相反取引の規制、任務懈怠責任。
- 取締役会の権限と決議の方法:何を決めるのか、定足数と表決数、委任の禁止、書面での決議。
- 取締役会の監督:決めた後も見張る義務と、3か月に1回以上の報告。
善管注意義務と忠実義務:自分の財布以上に慎重に
すべての土台になるのが善管注意義務(善良な管理者としての注意義務)です。動画によれば、取締役という地位に就く人は、その能力や社会的地位から考えて、通常期待される注意を払って職務に当たらなければなりません。会社のお金という「他人の財産」を預かって運用する以上、自分の財布以上に慎重に扱え、ということです。
自分の貯金なら、怪しくても儲かりそうだから全額突っ込んでしまえ、というギャンブルも自由ですよね。
ええ。でも会社のお金でそれは絶対に許されません。見ず知らずの他人の資金を預かるプロとして、極めて高度な慎重さが求められるわけです。
動画はここで、会社法では職務を忠実に遂行する義務を忠実義務と表現している、と説明します。自分の利益と会社の利益を切り離し、会社のために最善を尽くす、ということです。
(補足:根拠条文は、善管注意義務が会社法330条(会社と取締役の関係は委任の規定に従う)を通じた民法644条、忠実義務が会社法355条です。動画は2つを同じもののように話しますが、忠実義務は善管注意義務を明確にしたものだとする考え方が判例・通説とされています(最大判昭和45年6月24日・八幡製鉄事件。取締役の忠実義務は善管義務を敷衍し一層明確にしたにとどまり、別個の高度な義務ではない)。)
競業避止義務:会社のノウハウを持ち逃げしない
ここで聞き手が疑問を挟みます。取締役はビジネスセンスも人脈もある。会社の外で個人的にいいビジネスチャンスを見つけたらどうなるのか、と。その歯止めになるのが競業避止義務と利益相反取引の規制です。
競業避止義務は、取締役が自分の属する会社とライバルになるような取引、つまり競業的な取引をする場合のルールです。動画の例は、全国展開する飲食会社の取締役が、個人的に別のレストランを立ち上げて経営するケースです。会社のメニュー開発のノウハウや独自の仕入れルートを使って、個人的に儲けてしまう危険があります。だから勝手にやってはいけません。動画は、原則として株主総会(普通決議)の承認が必要だと説明します。
(補足:動画は「株主総会の承認」と説明しますが、これは取締役会を置かない会社の場合です。取締役会設置会社では、競業取引の承認は取締役会が行います(会社法365条1項)。承認後も、取引をした取締役は、取引後に遅滞なく重要な事実を取締役会に報告します(同条2項)。)
利益相反取引:会社を私物化させない
利益相反取引は、会社と取締役の間で利益がぶつかる取引です。動画は具体例を2つ挙げます。
- 取締役が個人的に作った多額の借金に、会社に連帯保証人になってもらう。
- 取締役が個人で持つ不動産を、相場よりはるかに高い家賃で会社に借りさせる。
聞き手の言う通り、会社にリスクとコストだけを押し付けて、自分の懐を温める行為です。だから利益相反取引も、競業取引と同じく、原則として株主総会(普通決議)の承認がなければできません。個人の利益より会社の保護が最優先される構造です。
(補足:この規制も、取締役会設置会社では承認の主体が取締役会になります。動画が挙げた連帯保証の例は間接取引、不動産を貸す例は直接取引にあたります。)
任務懈怠責任:過失責任と無過失責任
ルールを破ったり、経営判断を誤って任務を怠り、会社に大損害を与えたりした場合はどうなるか。動画は、任務懈怠責任を負うと説明します。任務を怠って会社に損害を出した取締役は、会社に対して損害賠償をしなければなりません。事業規模によっては、数億円を個人で背負いかねない、というのが冒頭の問いの背景です。
ここからが本質的な部分です。任務懈怠責任は、原則として過失責任、つまり過失があった場合に責任を問われるものです。ところが、利益相反の直接取引をした取締役は、動画によれば無過失責任という最も重い責任を負います。「気をつけていました」「そんなつもりはなかった」という言い訳が一切通用せず、理由のいかんを問わず、会社に損害が生じれば賠償しなければなりません。
なぜここまで厳しいのか。利益相反の直接取引をした時点で、その取締役は会社のためではなく、自分のために動いているのが明白だからです。誘惑が大きく、会社が受けるダメージも直接的なので、法律が言い訳の余地を奪うことで、強い抑止力を作っています。
(補足:無過失責任を定めるのは会社法428条1項で、対象は「自己のために」直接取引をした取締役です。第三者のために直接取引をした取締役は、無過失責任の対象ではありません。また、この責任は原則として総株主の同意がなければ免除できません(424条)。令和元年の会社法改正で、補償契約と役員等賠償責任保険契約の規定(430条の2・430条の3)も設けられましたが、動画では触れられていません。)
取締役会:重要なことは合議で決める
個人の責任がこれだけ重いのは、裏返せば、取締役会が強大な決定権を持つからです。取締役会を置く会社では、重要な業務は個人の独断ではなく、取締役会での合議で決定します。
動画は、取締役会が決める事項のリストを順に見ていきます。
- 重要な財産の処分や譲り受け。
- 多額の借入れ(例:何十億円という銀行からの借入れ)。現場の事業部長レベルの決裁では進められない、会社の命綱にかかわる事項です。
- 代表取締役の選定と解職。
- 支店など重要な組織の設置・変更・廃止。
- 社債の発行に関する事項(募集社債の総額の決定など)。
- 内部統制システムの整備。
- 役員の会社に対する責任の免除。
- 株式の譲渡承認と、不承認の場合の買取人(相手方)の指定(定款で譲渡制限がある場合)。
株式の譲渡制限は、好ましくない人物に株が渡って会社を乗っ取られるのを防ぐ仕組みです。誰に株主になってもらうかという会社支配の根幹も、取締役会で慎重に審査されます。
(補足:動画のリストにはありませんが、「支配人その他の重要な使用人の選任・解任」も、取締役会が決める重要事項の代表例です。また、動画の「役員の責任の免除」は、条文上は責任の「一部免除」で、定款の定めに基づく取締役会決議などによるものとされています(426条)。)
動画は、ここで社長(代表取締役)のイメージを正しています。社長が一番偉いと思いがちですが、代表取締役は、取締役会が業務の執行を任せようと選んだ代表者に過ぎません。代表取締役が暴走したり、著しく業績を悪化させたりした場合、取締役会はその権限を取り上げる、つまり解職できます。権力が1人に集中して暴走するのを防ぐ仕組みです。
(補足:動画は「取締役会が最高決定機関」と話しますが、会社の最も基本的な事項を決める最高の機関は株主総会です。取締役会は、会社の業務執行の決定と、取締役の職務執行の監督を担う機関、と整理するのが正確です。)
決議の方法:定足数と表決数
こんなに重要なことを合議で決めるなら、多数決の数学的なルールが気になります。全員一致が原則かというと、そうではありません。会議を成立させる定足数と、議案を通す表決数という、厳密なルールがあります。
取締役会決議を行う場合、定足数は取締役の過半数、表決数は出席者の過半数です。取締役が10名の会社で考えましょう。
- 定足数は10名の過半数なので、最低6名の出席が必要です。
- 6名が出席すれば会議は成立します。そのとき、議案を可決する表決数は、出席者6名の過半数、つまり4名です。
つまり、10人いる取締役のうち、わずか4名が賛成するだけで、会社の超重要事項が決まってしまう計算です。聞き手が「危ない気もする」と言うのも、もっともです。
(補足:条文は、「議決に加わることができる取締役」の過半数が出席し、その過半数、と定めています(会社法369条1項)。議案について特別の利害関係のある取締役は議決に加われないので(同条2項)、その人は分母から外れます。たとえば10名のうち1名が除かれると、議決に加わる取締役は9名、定足数は5名、5名出席なら表決数は3名です。)
欠席する人の「委任」は認められない
聞き手は、「欠席するときは『社長の案に賛成します』と委任状を出せばいいのでは」と尋ねます。株主総会では委任による議決権行使がよくあるからです。しかし、動画が試験でも問われやすいと強調するように、取締役会では委任による議決権行使はできません。
理由は、取締役の役割にあります。取締役は、賛成か反対かの「投票チケット」を持っているのではなく、自分の頭で考え、その場で議論し、合議に参加する義務があります。他の人の意見を聞いて、会議の途中で考えが変わるかもしれない。その議論のプロセス自体に価値があるので、委任状で済ませることは許されません。
定款での変更は「加重」だけ
定足数と表決数は、定款で変えることができるのでしょうか。動画によれば、より厳しくする(加重)ことはできても、緩くする(軽減)ことはできません。出席のハードルを過半数から全員にするのは、より慎重に議論するためのリスク管理としてよいですが、「3人で手軽に決まるようにする」のはダメ、ということです。
(補足:会社法369条1項は、定足数・表決数について「これを上回る割合を定款で定めた場合にあっては、その割合以上」と定めています。条文そのものが、過半数より厳しくする(加重)定めだけを認めており、緩くする(軽減)定めは認めていません。)
全員が同意すれば、会議を開かなくてもよい
もう1つ、現代的なショートカットがあります。動画によれば、定款で定めている場合に限り、議案に関係する取締役全員が、書面または電子メールなどの電磁的方法で同意の意思表示をしたときは、会議室に集まらなくても、その提案を可決する決議があったと見なせます。1人でも返事をしなかったり、疑問を呈したりすれば、通常通り会議を開かなければなりません。全員一致という高いハードルを超えた場合だけに許される特例です。
(補足:この書面決議(みなし決議)は、会社法370条が定めています。議決に加わることができる取締役の全員の同意が必要で(定款の定めも必要)、監査役設置会社では、監査役が異議を述べたときは使えません。)
決めて終わりではない:監督義務と報告
取締役の仕事は、会議室で方針を決めたら終わりでしょうか。動画は、そうではないと言います。取締役は、取締役会にかけられた事項に限らず、代表取締役や業務執行取締役の行為を監督する義務を負っています。決めたことが現場でちゃんと実行されているか、社長が暴走していないかを見張るのも、重要な仕事です。
この監督を実効性のあるものにするために、執行する側の代表取締役や業務執行取締役は、3か月に1回以上、取締役会で職務執行の状況を報告しなければなりません。最低でも四半期ごとにレポートを出すイメージです。
それなら、きれいにまとめたPDFの事業レポートを役員全員にメールで一斉送信すればオーケーですか。各自読んでおいてください、という感じで。
ここにとても強烈なルールがあります。この報告は、書面で行うことができません。メールも、PDFも、きれいに印刷した紙もダメです。必ず本人が、生の声で報告しなければなりません。
動画は、このルールの狙いは緊張感だと説明します。資料を配って「読んでおいてください」では逃げられません。他の取締役の視線の中で、「その数字をごまかしていないか」といった厳しい質問を受けます。報告書では伝わらない微妙なニュアンスや不都合な真実も、対面で追及されればボロが出やすくなります。顔を合わせて監督し合うことが、経営陣の暴走や不正を防ぐ砦になっているのです。
(補足:条文の規定は、動画の言い方より少し正確に言うと、次の通りです。代表取締役などは、3か月に1回以上、自己の職務の執行の状況を取締役会に報告しなければなりません(363条2項)。通常、取締役会への報告は、取締役全員に報告事項を通知すれば取締役会での報告を省略できますが、この3か月に1回の報告は省略できません(372条)。つまり、「書面を配って済ませる」ことはできず、実際に取締役会を開いて報告する必要があります。なお、資料を用意して口頭で説明すること自体を禁じる条文は、確認できませんでした。動画の「書面ではダメ」は、「書面の通知だけで済ませられない」という意味に受け取るのが安全です。)
まとめ
この回のポイント(動画の流れにそって)
- 取締役の義務の土台は、善管注意義務と忠実義務。他人の財産を預かるプロとして、自分の財布以上に慎重に。
- 競業避止義務と利益相反取引の規制は、承認なしにはできない。取締役会設置会社では、承認の主体は取締役会(補足)。
- 任務を怠れば任務懈怠責任。原則は過失責任だが、動画によれば、利益相反の直接取引をした取締役は無過失責任。
- 取締役会は、重要な財産の処分、多額の借入れ、代表取締役の選定と解職などを合議で決める。
- 決議は、定足数=取締役の過半数、表決数=出席者の過半数。10名なら最少4名の賛成で可決される。
- 委任による議決権行使は不可。定款で変えられるのは加重のみ(軽減は不可)。
- 全員が同意の意思表示をすれば、会議を開かずに決議があったと見なせる(定款の定めが必要)。
- 取締役は代表取締役などを監督する義務を負う。代表取締役などは3か月に1回以上、取締役会で職務執行の状況を報告する。
動画の最後は、リスナーへの問いかけです。報告は書面ではなく生の声で、というアナログで厳しいルールがあるが、AIが人間よりはるかに正確な事業レポートを数秒で作れる時代になっても、顔を合わせて監督し合う行為には、AIに代替できない価値があるのだろうか、というものです。
動画は、言葉の裏にあるためらいや嘘を見抜く直感、人間としての覚悟など、数字に現れない何かが、会社という船を沈めない最強の防波堤なのかもしれない、と締めくくります。絶大な権力には、重い責任と監視の目がセットになっている。これが企業を健全に保つ根幹だ、というのがこの回のメッセージです。
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