ゲーム理論
経済学・経済政策 第15回
街を歩いていて、道路をはさんで向かい合う2つのガソリンスタンドや、並んで立つ牛丼チェーン店が、なぜか同じようなタイミングで同じような価格にしているのを、不思議に思ったことはありませんか。動画はこんな問いかけから始まります。このページでは動画の流れにそって、ペイオフ・マトリクス、支配戦略、ナッシュ均衡、囚人のジレンマ、繰り返しゲームとフォーク定理をまとめました。まず動画を聞いて、あとからここで復習するのがおすすめです。
向かい合うガソリンスタンドは、なぜ同じ値段?
道路をはさんで向かい合う2つのガソリンスタンドや、並んで立つ牛丼チェーン店。なぜか同じようなタイミングで、同じような価格にしていることがあります。動画は、それは単なる偶然ではなく、目に見えない強力な法則に従った結果だ、という問いかけから始まります。その法則を扱うのが、この回のテーマゲーム理論です。
ゲーム理論とは、複数の参加者が互いに影響を及ぼし合う場で、参加者がどのような意思決定をするのかを分析する理論です。自社の戦略が競合に影響し、競合の動きが自社の利益を左右する。ビジネスはまさにそういう場だ、と動画は説明します。
ゲームというと、チェスやポーカーのように相手の出方を読み合う頭脳戦のイメージです。
まさにその通りです。そして一番本質的な問いになるのが、参加者どうしが互いに協力する協調的行動を取るのか、協力しない非協調的行動を取るのか、という点です。
協力するかしないかで、企業が最終的に得られる結果が変わってくる。動画はこの視点を軸に、具体的なシミュレーションへ進みます。
2社だけの市場で、利得を表にする
動画の設定は、市場にA社とB社の2社だけが存在する寡占市場です。少数の企業だけで市場を支配している状態で、「バチバチの一騎打ち」という舞台設定です。両社の選べる戦略は、今の値段をキープする価格維持戦略と、値段を下げる値下げ戦略の2つだけです。
両社がそれぞれどの戦略を選び、その結果どれだけの利益(利得)を得られるのかを、わかりやすく表にまとめたものがペイオフ・マトリクスです。
利得の配当表みたいな感じですかね。
そうですね。
もうひとつ、動画が置く大事な前提があります。それは、お互いに協力し合わない非協調的行動を取る、という仮定です。裏でこっそり「明日から一緒に値上げしよう」と相談することは一切できません。聞き手はこれを「完全に疑心暗鬼の状態」と言い換えていました。
動画が口頭で挙げた数字を表にしたのが上の図です。A社の利得は、B社が価格維持のとき、維持なら10、値下げなら12。B社が値下げのときは、維持なら4、値下げなら8です。B社の利得は、A社が維持のとき、維持なら10、値下げなら15。A社が値下げのときは、維持なら3、値下げなら8と説明されます。
A社の社長になって考える
動画は、リスナーに「あなたがA社の社長だったら」と考えさせます。ライバルのB社が価格を維持してきた場合、A社も維持すれば利得は10。ここで自分だけ値下げすれば、価格の高いB社からお客さんを奪えて、利得は12に上がります。逆に、B社が先に値下げしてきた場合はどうでしょう。A社が強気で価格を維持すると、お客さんは安いB社に流れて利得は4に激減します。A社も対抗して値下げすれば、泥仕合にはなりますが、なんとかシェアを保って利得は8です。
ここで聞き手が、動画のいちばんの山場に気づきます。
B社が価格を維持してきたら、僕は12をねらって値下げ。B社が値下げしてきたら、生き残るために仕方なく値下げ。……ということは、B社がどう出ても、A社の正解は常に値下げじゃないですか?
その通りです。
相手の出方を気にする必要すらない、ということですか?
講師はこの点が、ゲーム理論の肝だと言います。
支配戦略:相手が何をしても最適な戦略
相手がどのような戦略を取っても、自分にとって最適となる1つの戦略。これを支配戦略と呼びます。今回のケースでは、A社にとって値下げ戦略が支配戦略です。聞き手はこれを「これさえ出しておけば自分の利益は最大化される、あるいは被害が最小化される絶対的なカード」とまとめ、講師も「そういうことです」と受けています。
聞き手は続けて、A社の社長がこの結論にたどり着くなら、B社の社長も同じことを考えるはずだと指摘します。講師の説明では、B社の側でも同じ現象が起きます。A社が維持をした場合、B社は維持なら10、値下げなら15で値下げを選び、A社が値下げをした場合も、維持なら3、値下げなら8で、やはり値下げを選びます。つまりB社にとっても値下げ戦略が支配戦略です。
(補足:動画は「相手がどのような戦略を取っても自分にとって最適」と説明しました。教科書では、相手のどの戦略に対しても、ほかのどの戦略よりも利得が大きい戦略を支配戦略とする説明が一般的です。同じ大きさを含める弱い意味で扱う資料もあり、資料により異なります。)
ナッシュ均衡:動けなくなった状態
両社が自社の利益を追求して合理的に考えた結果、2社とも値下げ戦略を選び、利得は8と8に落ち着きます。この状態を、ゲーム理論ではナッシュ均衡と定義します。動画の説明では、非協調的行動を取る場合において、どの参加者も、自分が戦略を変更するだけではより高い利得を得られない状態のことです。
たとえ話:西部劇の決闘シーン
お互いに銃を突きつけ合っている状態を想像してください。そこから自分だけが銃を下ろす(戦略を変える)と、相手に撃たれて状況が悪化します。だから誰も動けません。講師はこれをナッシュ均衡の例えとして語り、聞き手は「メキシカンスタンドオフですね」と応じていました。
8と8の状態から、A社だけが単独で価格維持に変えると利得は4に下がります。B社だけが変えても3に下がります。自分だけが動くと損をするので、お互いに身動きが取れません。
聞き手が「ナッシュ均衡は1つだけなのか」と尋ねると、講師は、今回の例では1つだけだが、ペイオフ・マトリクスの数値によってはナッシュ均衡が複数存在する場合もあり、試験対策としても重要なポイントだと答えていました。
(補足:ここは自作の設例です。2社が製品の規格AかBかを選ぶとします。2社とも規格Aなら、1社目5・2社目3。2社とも規格Bなら、1社目3・2社目5。規格がそろわなければ、どちらも0とします。この表では、「ともにA」と「ともにB」のどちらでも、自分だけ変えると利得が0に下がるので、ナッシュ均衡が2つあります(ここでは、戦略を確率で混ぜずに1つに決めて選ぶ場合に限った数え方です)。また、この表には支配戦略がありません。支配戦略を両社が持つ組み合わせはナッシュ均衡になりますが、ナッシュ均衡は支配戦略がなくても成り立つ、という関係です。)
囚人のジレンマ:合理的なのに、みんな損をする
ここで聞き手が、大きなモヤモヤを口にします。ナッシュ均衡の利得は8と8で、合計16です。もし最初から欲を出さず、2社とも価格維持を取っていれば、10と10で合計20と、全体では最大になっていたはずです。お互いに論理的な正解である支配戦略を選んだのに、結果的にお互いが損をしている。
講師はこの点を高く評価し、参加者の利得をまだ高められる余地があるのに、お互いが協調しないために8と8という低い利得で終わる状態を囚人のジレンマと呼びます。聞き手は「個人の合理的な判断が、集団としては非合理な結果を生み出す」とまとめ、講師は「そういうことです」と答えます。相手が値下げしてくるかもしれないと疑心暗鬼になり、先に値下げして、業界全体が疲弊していく。誰も損をしたくないのに、全員が損をする泥沼に入っていく構図です。
(補足:名前は、共犯の容疑者2人が別々に取り調べを受け、黙秘を続ければ2人とも軽い刑ですむのに、それぞれが自白を選んで、2人とも、黙秘を続けたときより重い刑になる、という例え話に由来します。動画の数字で確認すると、A社は「相手が維持のときの値下げ12>ともに維持10>ともに値下げ8>自分だけ維持4」、B社は「15>10>8>3」の順になっており、囚人のジレンマの形にそろっています。)
無限回の繰り返しゲームなら、協調が成り立つ
では、企業はずっと8と8の値下げ競争から抜け出せないのか。講師は、安心してくださいと言います。実は、いま見た囚人のジレンマには、このゲームが1回きりで終わるという前提が隠れているからです。実際のビジネスは、明日も来年もライバルとの関係が続きます。動画は、囚人のジレンマが起きるゲームでも、それが無限回の繰り返しゲームになると結果が劇的に変わり、協調が均衡として成り立つ、という趣旨で説明します。
ずっと続く関係になると結果が変わるんですか? 1回きりのときと同じで、やっぱり欲を出して値下げするほうが得ではないですか?
答えは非常にシンプルで、生々しいものです。報復が可能になるからです。
1回だけのゲームなら、相手を裏切って自分だけ高い利得(たとえば12)を得て、そのまま逃げ切れます。しかし無限に繰り返されるゲームで、ある回に相手が値下げに踏み切ったなら、自分も次の回から徹底的に値下げして報復できます。裏切って一時的に高い利益を得ても、その後ずっと低い利得が続くので、長期的には損になる。この圧力が強力なストッパーとなり、お互いに裏切りを恐れて、結果的に価格を維持するという暗黙の了解が生まれる、というのが動画の説明です。
聞き手は、これが冒頭のガソリンスタンドの話だと気づきます。直接の話し合い(談合)は法律違反でできないが、うちが値下げすれば向こうも明日すぐ下げてくる。地獄を見るだけだと分かっているから、協調的行動を取れない環境でも、結果的に協調できているのではないか、という読みです。講師は「おっしゃる通りです」と受けて、この現実の現象を理論にしたものをフォーク定理と紹介します。無限回の繰り返しゲームでは、報復の可能性があることによって協調が生まれる、というのが動画の説明です。
(補足:動画では触れていない、3つの確認です。)
- 将来の重み:協調が成り立つかどうかは、将来の利益をどれだけ重く見るかにもよります。自作の設例として、将来の利得を毎回同じ割合δ(0から1の間)に割り引き、一度でも裏切られたら以後ずっと値下げで報復するとします。A社が維持を続ける条件は、10÷(1−δ)≧12+8δ÷(1−δ)を解いてδ≧1/2、B社は10÷(1−δ)≧15+8δ÷(1−δ)を解いてδ≧5/7(約0.71)です。2社とも維持を続けるには、δ≧5/7が必要です(検算済み)。
- 回数が決まっている場合:最後の回は1回きりのゲームと同じなので、2社とも値下げを選びます。その1つ前の回も同じ理由で値下げになり、順にさかのぼると、全部の回で値下げになります。協調が成り立つのは、終わりが決まっていない(無限回、または終わりの時期が分からない)場合の話です。
- フォーク定理の中身:動画の説明は報復による協調の成立でしたが、一般には、将来を十分に重視するなら、協調だけでなくさまざまな利得の組が均衡として成り立ちうる、という趣旨の定理とされています。協調が必ず生まれる、という意味ではありません。
(補足:事業者が共同して価格を決めるような合意(カルテルや談合)は、独占禁止法で禁止される「不当な取引制限」にあたるとされています(同法2条6項、3条)。一方、話し合いなしに各社が同じような価格をつけること自体は、合意(意思の連絡)がなければ、2条6項の「共同して」の要件を満たさず、直ちに違法とはされないとされています。個別の判断は事案によります。)
まとめ:バラバラの用語が、ひとつの物語になる
動画は最後に、今日たどってきた流れを振り返ります。ペイオフ・マトリクスで状況を整理して、どんな相手の動きに対しても正解となる支配戦略を見つける。お互いが支配戦略を取ると、身動きが取れないナッシュ均衡に陥る。そこは全体最適ではないので、囚人のジレンマという悲劇が起きる。しかし、ビジネスが無限回の繰り返しゲームだと理解すれば、報復のしくみによってフォーク定理が働き、協調関係を築ける。これらの用語は単なるバラバラの暗記用語ではなく、ひとつの美しいストーリーになっている、と講師は話します。
動画の整理
- ゲーム理論の本質的な問いは、参加者が協調的行動を取るか、非協調的行動を取るか。
- 相手が何をしても自分にとって最適な戦略が支配戦略。動画の例では、両社とも値下げ。
- どの参加者も、自分だけ戦略を変えても得られない状態がナッシュ均衡。複数ある場合もある。
- 両社が値下げの8と8は、価格維持の10と10より合計が小さい。この状態が囚人のジレンマ。
- 無限回の繰り返しゲームでは、報復の可能性があるため協調が生まれる、とフォーク定理を紹介している。
動画の最後には、リスナーへの思考実験が出されます。激しい値下げ競争をしている業界は、1回きりのゲームだと思い込んで囚人のジレンマに陥っているのか。それとも、明日も明後日も続くゲームだと気づいて、暗黙の了解で協調関係(価格維持)を築こうとしているのか。次に街を歩いて商品の価格を見たとき、その裏にある企業どうしの見えないゲームに気づくかもしれません。
動画で聞く
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